うちの家族チャーちゃん+チャーちゃんたち

うちの家族チャーちゃん+チャーちゃんたち

2003年3月13日に生まれたチャーちゃんです。
にゃんにゃんが亡くなって2年半、チャーちゃんが亡くなって2年。ミッケ、さぎり、ひこ、なな、とと、がいます。
チャーちゃん以外は保護猫です。

チャーちゃんとはもう18年以上の家族・・・毎日、毎日、チャーちゃんにありがとうです!

検査してもらったお医者さんに抗癌剤治療はしませんと言ったら

急に態度を変えられ、

胸に膿が溜まったらまた抜いてくれますか?の問に

それだったら(抗癌剤治療)もう胸の膿も抜かんでええんちゃう?

と言われたよそちゃん・・・

 

(2026年1月9日)

一度だけ打った抗癌剤が効いているのかゆったりしていました。

 

(2026年1月10日)チャーちゃんの4回目の命日

 

少し呼吸が楽になったのか部屋を少しだけ歩いてました。

 

(2026年1月12日)

 

喉が通りにくいのかカリカリも10粒程度しか食べません。

 

(2026年1月12日)

少し痩せましたがまだ凛々しい顔をしています。

 

(2026年1月13日)

どうも電気マットで温まるのが好きじゃないみたいで

すぐに場所を変えていました。

 

(2026年1月14日)

胸の膿を抜いて一週間・・・少し息苦しそうです。

医者が言うには膿なんてすぐ溜まると言ってましたね。

 

(2026年1月15日)

もう殆ど食べなくなりました。

元々ウエットは食べないのでちゅーるなんて知らぬ顔・・・・

お水だけの生活・・・

 

(2026年1月15日)

まだ少し歩けます。

(2026年1月16日)

ケージから出て歩けた最後の日。

 

(2026年1月17日)

前日から高カロリーのウエットを水で少し薄め、

スポイドで口に入れるようにしました。

それでも1日40キロカロリーしかとってないのでもうガリガリです。

 

(2026年1月18日)

この日の夕方・・・呼吸がかなり荒くなり

口も開くようになり・・・・

それが1時間程続き、よそちゃんが逝ってしまうと思いました・・・

頭の中にもし亡くなったら火葬場に明日行こうとか考えました。

よそちゃんが首を上に向けたまま口をなぜかモグモグしているなと思いきや

急に呼吸が楽になったみたいで(肺を圧迫してる膿が少しずれたんでしょうか?)

なんとその後数日ぶりに水を自分から飲みました。

もし亡くなったらなんて考えていた自分に腹が立ち、

よそちゃんに誤りました。

よそちゃんが必死に生きようとしているのに・・・・

 

(2026年1月19日)

この日も夕方呼吸がかなり荒くなり前日と同じ状態になりました。

それでも1時間以上頑張って頑張って生きています。

 

20日今日、よそちゃんがさくらねこに加盟している去勢手術をしてくれた医者の所に

胸の膿を抜いてもらおうと紹介してもらい、一か八か胸水を抜いてもらおうと行きました。

 

シャッターが空いた瞬間に窓口に・・・・

すると!

いやーな顔をされ、他の病院にかかってるんやろ?

急にそんな事言われても困る・・・・

よその病院を探してくれと・・・・

 

医者とアシスタントの女の子と二人でやっていて、電話をしても取らないから

直接行ったら、気のいい医者だから親身になってくれると言っていたのに・・・

 

もうね・・・・人間不信もここまできたら怒りより情けなくなってきました。

よそちゃんは最後まで見守ります。

もうそんなに長くないけど1秒1秒を大切にします。

 

頑張ります。

ありがとうございました。

 

よそちゃんを連れて帰って来ました・・・

 

 

 

 

今から3年半程前、いつものようにみんなにご飯をあげていると、

ここでは見たことのない白黒の猫ちゃんが少し離れた所でこっちを見ていました。

 

どこかよそから来たのかな?ぐらいに思っていて、

その子の分も置いてその日は帰りました。

 

(2023年9月18日)

 

それから、毎朝、毎晩現れるようになり

 

(2023年10月31日)

 

段々と他の子たちとの距離も狭まってきました。

 

(2023年11月24日)

 

3ヶ月も経つとみんなと一緒に食事もできるようになりました。

 

初めは触れなかったんですけど、この頃にはかなり懐っこくなって

もしかしたら、人間に飼われたことがあり捨てられた?と思うようになりました。

全くの野良猫ちゃんだと触れるようになるまで数年かかることが多いからです。

 

(2024年3月15日)

 

(2024年5月10日)

 

それからどんどん日が進んでも、ほぼ毎日姿を見せてくれました。

 

鈴の音を聞くと鳴きながら走って来るのを見るのが日課でしたね。

 

(2024年7月21日)

暑い夏も

 

(2024年12月3日)

寒い冬も

 

(2025年1月25日)

真夜中でも

 

(2025年3月4日)

早朝でも

 

気がつくともう1年半が過ぎていました。

この頃からいつか近い内に去勢手術をしてあげなければ長生きできないと

思うようになり、

最終的にはうちの子になってくれないかな?と

勝手に願っていました。

 

(2025年4月21日)

 

ただ、よそちゃんはこのまま外の方が幸せかな?と思う葛藤もありました。

 

それと2024年10月の疾風君と2025年2月のななちゃんとの別れの悲しみが

まだかなり引きずっていて、答えが出せず時が過ぎて行きました。

 

(2025年5月16日)

 

この頃、前回で初登場したゴン太君(別の場所の三毛猫ちゃんの子)が

生まれて1年が過ぎ、他の兄弟3匹はいなくなってしまったのですが

 

(2025年5月28日)

 

公園の帰りに三毛猫ちゃんのいる所に行く途中、いつも待ち構えていて

鳴きながら走って、この子もいつか車にはねられてしまう・・・

 

よそちゃんを保護するかゴン太を保護するかかなり迷っていました。

先住猫とうまくいくか・・・

 

(2025年7月7日)

 

結局、6月19日にゴン太君を保護しました。

同時でも良かったのですが、公園まで来るようになったゴン太君が

よそちゃんに追いかけ回される状態になり、道に飛び出してしまうので

ゴン太君を先にしました。

 

7月1日に去勢手術をしたゴン太君は家族になりました。

 

(2025年7月29日)

 

一ヶ月遅れでさくらねこの会の協力もあり、無事去勢手術が完了しました。

人間の勝手な判断でごめんよ・・・・

公園に離す時になかなか出ないのでこのまま連れて帰ろうかなとも思いました。

この時の判断が間違いだったのかも知れません。

今はかなり後悔しています。

 

(2025年8月2日)

 

もう来なくなるのかな?と思っていましたけど、

3日後からちゃんと公園で待ってくれていました。

 

(2025年8月17日)

 

それからも温和な日々が流れていきましたけど

 

(2025年8月29日)

 

ただ、猫を守ろうとする人がいても猫を駆除しようとする人もいます。

公園は犬の散歩祭りなので、動物好きな人は大丈夫ですが

犬は好きでも猫は嫌い・・・・

犬も保護犬じゃなくショップでお高いお金で購入した人たちは

公園で聞こえて来るのは自慢大会・・・・

 

(2025年9月29日)

 

ショップの購入したワンコやニャンコと人間に捨てられた猫から生まれた

猫の命の何が違うのか私にはわかりません。

今テレビでよく熊の駆除、鳥インフルで何十万匹駆除、

すべて人間が原因だと思うのです。

 

(2025年12月1日)

 

最近は考え方が違う人とは会話しなくなりました。

議論しても無駄だとわかるようになりました。

 

(2025年12月22日)

 

話が戻りますが、

12月24日を最後によそちゃんが姿を見せなくなりました。

数日はたまたま他の人にご飯をもらって帰ったのかな?

また来るかな?と思っていましたが

流石に年末になると探し初めました。

 

すると1月2日の夜中に他の猫ちゃんにご飯をあげていると

かなり遠くからよそちゃんの声・・・・

ゆっくりゆっくり鳴きながら近づいて来ました。

鈴の音が聞こえたみたいです。

10日ぶりに現れましたが、何かおかしい?

ご飯も前みたいに食べない・・・

もう保護しようと一度家に戻りました。

慌てて、かごを持って公園に戻りましたがもういませんでした。

 

3日の早朝も探しましたがいない・・・・

朝、9時半頃にもう一度探し回ると、何か鳴き声が・・・・

公園から100メートルぐらい離れた場所で発見!

足元にはいつもご飯を上げている白茶君もいましたが

無事保護できました。

 

(2026年1月3日)

 

もう今まで頑張ったんだからこれからは一緒に過ごそうねと

話かけたりしましたが

外に出るまで6時間かかりました。

 

(2026年1月3日)

 

まだケージに出なかったのでわかっていませんでしたが

少し呼吸がしんどそうに見えました。

多分、知らない所に連れて来られて先住猫5匹もいるので

ストレスかな?とも思っていました。

 

1月6日になると呼吸がどんどん荒くなりました。

食べ物もドライを少し食べても喉が通りにくく、ゴクンとしないと

中に入っていきません。

10年以上前のチャーちゃんがそうなった時を思い出し

間違いなく気胸に膿が溜まっていて呼吸ができないのだと判断して

7時前でしたが病院に電話すると冷たく受付が終わっているので

違う病院を探してくださいと断られ・・・

何件かかけてももう留守番電話になっていて

 

(2026年1月6日)

 

最後に行き着いたのは、3年前にくぅちゃんが手術中になくなった病院でした・・・

ここだけは行きたくなかった・・・

 

事情を説明してとりあえず酸素室へ・・・

そのまま入院になりました。

家に帰るとすぐに電話が鳴りました。

酸素室で元気になったのか、大暴れして手が付けられないと・・・

今晩はいっぱい酸素を吸わせて、明日朝から検査をしますとの事でした。

 

翌朝11時過ぎに病院に行くと、血液検査はどこも異常なし。

超音波検査をして胸の膿を抜きまくりましたと・・・

膿を検査したところ、リンパ腫ですと・・・・

点滴、抗癌剤はしましたとの事。

 

倒れそうになりました。

リンパ腫は抗癌剤をつかっても半年生きれるかどうか

1年を超えるのは殆ど無理・・・・

治療を何もしなければ2週間から2ヶ月・・・

 

(2026年1月7日)

 

考えたあげく、治療しないことを選びました。

ただステロイドは毎日飲ませます。

治療をすると毎週病院に通わなくてはならず、

よそちゃんのストレスを考えると可哀想で・・・

1年半前の疾風君がそうでした。

病院に行くストレスで最後はあの身体で暴れましたし、

トトちゃんもあの大手術のあと、結局家で大暴れして

最後の検査を病院に連れて行くことが出来ませんでしたし・・・

 

(2026年1月8日)

 

胸の膿みを抜き一回打った抗癌剤が少し効いているのか呼吸は少し穏やかになり

昨日は少しご飯も食べ、何とケージから外へ出てさぎりちゃんを鼻ちゅんの挨拶も

済ませました。

 

今朝(1月9日)もまだ元気にしています。

 

ただこれも束の間で薬の効果が効かなくなってくると

一気に悪くなります。

もう一ヶ月後にはいないかもしれません。

 

後悔しています。

去勢手術をした時に保護していたらこうなってなかったんじゃないか・・・・

今までなぜ3年間も保護してあげれなかったんだろう・・・・と

今は時が止まってほしいです。

 

よそちゃんの元気な姿が見れるのもあとわずか・・・

最後の最後に家族になってくれてありがとう。

1日でも長く様態が悪くなりませんように・・・・

 

もう涙で打てないのでここまでにします。

 

最後まで見てくれて本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去年の10月に疾風君が逝ってしまって、

 

今年の2月にななちゃんが疾風君を追いかけるように逝ってしまったので

 

かなりショックが大きく今年初めての更新になってしまいました。

 

(去年10月7日に亡くなった疾風君7歳)

 

(今年2月6日に亡くなったななちゃん5歳)

 

同じ公園のミケ母さんから生まれた兄妹でした。

 

 

ミッケ姉さんはもう秋で9歳になります。

 

 

ひこちゃんは7歳。

もう保護して5年が過ぎました。

少し運動不足?で太りましたね。

 

 

去年の11月に大手術したトト。

もう完全に元気を取り戻し体重も元に以上になりました。

 

 

疾風、ななと同じ時期から調子が良くないさぎり。

ガリガリですが少し持ち直してきている感じがします。

 

 

・・で初登場のゴン太君。

 

今年の6月19日に保護しました。

本当はTNRする予定だったのですが、そのままうちの子になりました。

まだ1歳と数ヶ月です。

 

 

ゴン太のお母さん。

去年の春にゴン太を含めた4匹を出産しました。

8月にTNRする予定が失敗しました。

4年見ていますがまだ警戒心が強いです。

 

 

ミケちゃんの初めての子供。

もう4歳ぐらいになったかなぁ?

この子もTNRしたいのですが・・・・なかなか・・・

 

公園のよそちゃん。

2年ぐらい前に突然公園に現れました。

捨てられたのだと思います。

8月1日にTNRしました。

 

 

公園猫たち。

手前のミケちゃんは亡くなったななちゃんと同じに生まれた姉妹です。

 

ミケ母さんもまだ元気に頑張っています。

もう10歳以上です。

 

 

元々はゴン太のお母さんのミケと同じ所にいた白茶君。

いまは少し離れた所にいます。

もう5年の付き合いです。

 

 

この子は公園ミケ母さんの子供。

疾風君の2つ下ぐらいかな?

 

 

パトちゃん。

3年ぐらい前から公園にいます。

今公園には6匹いますがすべてTNR済みです。

 

少しでも長生きできますように。

みんな必死に生きています。

出来る限りTNRをして行きたいと思います。

これ以上不幸な猫が増えませんように。

チャーちゃんが亡くなる丁度3ヶ月前、

2021年10月10日にトトちゃんを保護しました。

 

(保護する数日前のトト)

 

 

保護の時はまだ手の平に乗るぐらいの大きさでした。

 

生まれてから3週間ぐらいかな?

 

 

10月10日に保護したのでトトちゃんと名付けました。

チャーちゃんの子供の頃にそっくり。

 

 

お腹の虫や去勢手術などもありましたが、すくすくと育ちました。

 

 

初めは懐いていたのですけど、

 

猫軍団の中で育ったので、段々と懐かなくなりましたね。

 

(2023年10月11日)

 

他の猫たちに可愛がられ、一番大きいひこちゃんと同じぐらいの大きさに。

 

異変が起こったのは、疾風君が亡くなって40日後ぐらいの11月半ば。

 

(2024年11月17日)

 

この数日前から朝ご飯を食べなくなっていたのですが、

 

ミッケ姐と遊んだりしていたので、さほど気にしていませんでした。

 

 

11月20日ぐらいから1日に数回胃液らしいものを吐くようになり

 

22日ぐらいには緑色の液体を吐くようになりました。

 

トトちゃんは普段から何かを噛じるクセがあり、直感であの組み合わせるマットを

 

噛んでいた事を思い出し、それを飲み込んだんじゃないかと思いました。

 

すぐに予約を取り、病院へ・・・・

 

レントゲンを撮ったのですがそれらしき影が写っておらず、

 

その日は点滴を打ち、血液検査を受け、吐き止めの薬をもらい様子を見ることになりました。

 

しかし、その後も吐くのは止まりましたが、部屋の隅やベランダに出てじぃーとしている状態。

 

もう食べなくなって1週間以上経っていました。

 

29日の朝一で病院に向かい、エコーを撮りました。

 

それらしき影が小腸に・・・・

 

先生もその日の昼から手術しましょうか?と・・・・

 

病院にトトちゃんを預けて帰って来ました。

 

ただ・・・・1年半前に別の病院でくぅちゃんが手術中に亡くなるという出来事が

 

未だに毎日頭から離れない・・・

 

13年前のチャーちゃんの手術の時のことも頭をよぎる・・・・

 

手術が終わったら連絡します。と先生・・・・

 

もう10日以上食べていなくて、弱っているのでどうなるかわからないと・・・・

 

 

夕方5時過ぎに電話で無事終了しましたとの連絡を聞いた時は腰が抜けました。

 

次の日の夕方迎えに行くと警戒心が強いトトちゃんは固まっていました。

 

(手術後のトトちゃん)

 

痛みもあるのでかなり人間に対して不信感があります。

 

 

やはりマットの破片でした。

 

手術後、手術の画像で説明を受けましたが、体から小腸を外に出し切開手術。

 

結構時間もかかったのだと思います。

 

 

1週間後に病院に傷口を見せに行く予定でしたが・・・・

 

 

トトちゃんには近づけず、元気になってきたのですばしっこく・・・

 

やっと捕まえても暴れ・・・・それを数回繰り返したら、指先を思いっきり噛まれ大量出血・・・

 

当日、病院に電話して連れて行けないと連絡して中止に・・・・

 

今日は12月15日、もう手術して16日が過ぎました。

 

暴れた時に傷口を守る服も脱げてしまい、今は傷口にまだしっかりとガーゼが止まっています。

 

全く触れないので傷口を見ることも出来ません。

 

もうキャットホイールで走りまくっているので大丈夫だとは思いますが・・・・

 

自然にガーゼが取れるのを待つしかないのかな・・・・

 

でもよかった。

 

費用は20数万円かかりましたが、命には変えれません。

 

ここで助けることが出来なかったら、亡くなった疾風君、くぅちゃん、エイト君、

 

にゃんにゃん、チャーちゃん、外で頑張って生きてる猫たちに申し訳ないと思いました。

 

小さな命も同じ生命。

 

これからも頑張って猫たちの力になれるように頑張ります。

 

ありがとうございました。

 

 

 

昨年の今頃から少しづつ痩せ始めた疾風君のお話です。

 

疾風君は2017年12月16日に痩せ細ってうずくまっている所を保護しました。

夕方に病院に駆け込み、検査をしてもらうと、白血病でした。

体重も2.9キロ、後ろ足に発達障害(成長時期に栄養を取れなかったため)

点滴を打ち様子を見ることになりました。

 

(野良猫時代の疾風君 体重は3キロあるかないか)

 

 

保護して2日目の疾風君。

毛艶もかなり悪く、元気もなく、そのまま逝ってしまうんじゃないかと思いました。

1月9日に病院に再検査があるのでとにかくそれまでに元気になってくれればと願うばかりでした。

 

年が明けて検査に行くと、体重がなんと3週間で4.6キロまで増えていました。

初めは下痢がひどく心配していたのですが、食べに食べさせかなり元気にはなっていました。

その日に去勢手術も済ませ、後は白血病がどうなるか・・・・

お医者さんが言うには、これから3ヶ月で骨髄までウイルスが到達したら慢性の白血病。

疾風が勝つかウイルスが勝つかの勝負でした。

 

結局、3ヶ月後には医者に行かず、行ったのは8月末日。

そして検査の結果、陰転(陽性から陰性)との結果。

思わず万歳をしたのが懐かしいです。

先生も陰転にはびっくりしていました。

 

(2024年1月上旬)

 

それから6年近く、たまに体調が悪い時もありましたけど、

 

毎日、朝にはミッケを追いかけ、どんどん増えていく保護猫とも喧嘩をすることも殆どなく

 

過ごしていました。

 

(2020年1月30日)

 

疾風君はニャーとは全く鳴かないので(ブラッシングをした時にヒャンヒャンと小さく鳴くだけ)

 

静かな猫でした。

 

(2022年7月1日)

 

今年の春に体調がすぐれない日が続きました。

歯周病の影響もあったんだと思います。

元々ドライフードしか食べない疾風君がその量も減ってきました。

 

(2024年3月24日)

(2024年3月24日)

 

でもうんちをした後も元気そうに走り回ってはいました。

猫は体調が悪くてもそれを見せないように行動します。

 

8月に入ると、もうドライフードは殆ど食べなくなってしまったので

仕方なくチュール系を1日4本から6本与えるようになりました。

たまに疾風君の好きなドライフードは10粒ぐらいは食べていました。

 

9月も半ばになるとチュール系もイヤイヤするようになり、

体重も3キロぐらいになってしまったので、

9月19日に病院に連れて行きました。

 

血液検査を受けました。

結果は腎臓が結構弱っているとの事でした。

まだ若いから大丈夫と点滴を薦められ、19日、20日、21日と3日連続通いました。

日、月がお休みだったので

24日火曜日に行き、27日金曜日に点滴後血液検査の結果を聞きました。

 

(9月26日の疾風君、もう殆どぐったりの毎日、体重も2.7キロ)

 

結果は全く改善されていないとの事でした。

先生も唖然としておられました。

 

わかっていました。

猫の腎臓病は完治することがなく、どんどん悪くなると。

点滴などの治療は延命措置だと。

 

3日後から自宅での点滴を薦められました。

(これは断るつもりでしたけど)

 

会計を済ませて帰ろうとすると、疾風君がゲージの中で暴れました。

今まで7年近く怒ることもなかった疾風君がこっちを見て威嚇しました。

もう僕は治療は嫌だ!って叫んでいるように見えました。

 

上の小窓を開けてなだめようとしている時に

びっくりした受付の子が先生を呼びに行きました。

先生が来て、幻覚症状かも知れません。

家で静かな所に居させて下さいと。

 

病院を出て20メートルぐらい歩いた時でした。

上の小窓を閉め忘れていたんです。

そこから疾風君は飛び出し、線路の方向に走って行きました。

あの体の状態であんなに走れるものかと・・・・

必死だったんだと思います。

どこに逃げ込むかだけは見ておかないとと思いました。

50メートルぐらい歩道を走った疾風君は右に曲がり線路内(駅)に

入って行きました。

 

踏切で(5メートルぐらい入るとホームがある)見渡すと

疾風君はホームの下かどこかに逃げ込んだらしく姿はありませんでした。

すぐに病院に戻りそのことを伝え、それから1時間ほど探しました。

 

名前を呼んでも鳴かない猫なのでどこにいるか特定できず

電車が5分おきぐらいに来るのでどうしようもなく、一旦家に戻りました。

昼から近くの派出所に行き、遺失届を出し、夕方まで駅の周りを探しました。

(数日後、愛護センターにも届け出しました)

線路を渡っているのか手前にいるのかもわからないので困りましたが、

ただ一つ気になる所がありました。

線路の両脇に水路があるんです。

多分その中に逃げ込んだと思いました。

結局、その日は姿を見かけることもできず家に戻りました。

 

28日、29日、30日と早朝、朝、昼、夜と探し続けましたが

全く手がかりもなく、どんどん日にちが経っていきました。

普通の猫ならともかく、疾風君は殆ど食べることもできないくらい弱っていたので

時間との戦いでした。

もう絶望しかありませんでした。

捜索範囲を広げて行き、気がつくと駅から半径200メートル以上も離れた所も探していました。

他に見かける外猫さんたちにも話しかけていました。

諦めたら可能性はゼロになるので数パーセントでも可能性があるならと・・・

 

10月に入り、1日、2日も探しましたが駄目でした。

猫は夜行性なので、夜中も探していました。

1番電車が5時半頃に動き出すので、それまでが勝負でした。

ただ、疾風君は最後に外の空気も吸えたし、これでよかったのかなとも思っていました。

 

3日になるともう疾風君はどこかで亡くなっているかもと頭の中をよぎりましたが

それでも諦めきれませんでした。

 

7年前にミッケが脱走した時に玄関に貼ったおまじないを思い出しました。

その当時はたまたまミッケが見つかったと思っていましたが

藁にも縋る思いで3日の朝に玄関に貼りました。

 

たちわかれ

いなばのやまの

みねにおふる

まつとしきかば

いまかえりこむ

 

これを玄関で唱え探しに出かけていました。

朝も駄目、昼も駄目、夜も駄目・・・

 

4日の早朝

前から気になる場所がありました。

 

 

ここは何十回も通りましたが、線路の横の排水溝が川まで繋がっているのです。

駅のホームから50メートルぐらいでしょうか?

その排水溝から疾風を何度も呼びました。

反応があるわけがなく、一度家に戻り、9時頃からもう一度川のほとりを探しました。

最後にこの場所に戻って来た時、

疾風君が排水溝の出口の上に舌を出したまま座っていたのです。

目を疑いました。

もう痩せ細っているを越えていました。

慌てて疾風君に近づき呼ぶとぼぉーとこっちを見ていました。

チュールを出しもう一度近づくと警戒したのかよろよろになりながら

排水溝に消えて行きました。

まだ生きててくれたんです。

もうそれだけで胸がいっぱいになりましたが、

何とかして捕獲しようと思いましたが無理でした。

 

いる場所がわかったので昼からも数時間そこで居座りましたが見かけることが出来ませんでした。

 

(お昼に見つけた疾風君が掘った後、その横にコロンコロンのうんちが一つ落ちていました)

 

早朝から夜中まで電車が走り続けているその線路のところで8日間も頑張っていた疾風君・・・・

 

夜、7時半から見張りをしていました。

待っていても疾風君は出てきません。

 

川を見ていて線路の方に振り向くと、

排水溝の反対側(黒の柵側)から疾風君がなんとか飛び降りて、排水口の方へ飛び上がろうとしていました。

ただ、もう飛び上がる力もなかったのか失敗して下へ落ちました。

この機会を逃したらもう疾風君を捕まえる事ができないと思い近づきました。

何とか逃げようとする疾風君は反対側の黒柵に飛び上がろうとしましたがそれも失敗。

その時に疾風君を抱きしめました。

疾風君は手を噛みました。

歯が弱っていたので歯が折れたみたいです。

ゲージまで連れて行き、疾風君を捕獲したら自然と涙が溢れ出しました。

 

8日と半日ぶりに疾風君は家に帰って来ました。

もう呼びかけても反応がないのでその夜はお水だけをスポイドで飲ませ静かにしておきました。

9日の朝一番で病院にと思い行きましたが臨時休業でした。

もう疾風君は病院が嫌らしく、ゲージの中で小さな声で鳴いていました。

 

(2024年10月5日)

 

翌日、疾風君は何も食べることもできず、じっとしていました。

もう残された時間は少ないとわかっていました。

まだ帰って来たことがわかっていないらしく、

部屋を見せてあげようと抱っこしていつも疾風君が寝ていた所に下ろしました。

 

急に目を見開いてその辺をきょろきょろ見てベランダにも出て、他の猫たちも見て

ここが家だとわかったみたいでした。

 

(2024年10月5日)

 

6日になると安心したのかどうかわからないですけど、衰弱がひどくなりました。

立ってトイレに行くのも難しくなり、目も半開きの状態で体温も下がっていました。

 

7日の朝、疾風君は立つこともできなくなり、反応も殆どなくなりました。

手を少し、尻尾を少し動かす程度でした。

そして夕方、

疾風君は旅立ちました。

疾風君はどうおもったかはわかりませんが

最後に帰って来てくれたことは感謝以外何もありません。

もし見つかっていなければまだ探していたと思います。

一生後悔したと思います。

 

8日の朝、火葬場でのお別れの時、箱を開けてもう一度顔を見たら

もう我慢できなくなって二人で号泣しました。

 

疾風君、短い一生でごめんね。

もう少しみんなと一緒にいたかったね。

うちの子になってくれてありがとう。

そのうちにみんなそっちに行くから、またみんなで過ごそうね。

遊ぼうね。

さようなら疾風君。

ありがとうございました。