
EDWARD GREEN(エドワード・グリーン)は、既製靴という世界のなかで、ひとつの到達点のような存在だと思います。
その名を聞くだけで、多くを語らずとも伝わるものがある。
そういう靴です。なかでも「チェルシー」。
黒のストレートチップとして、ビジネスにもフォーマルにも静かに寄り添ってくれる一足です。
ジョンロブのシティと並べて語られることも多いですが、どちらが上か、という話はあまり意味がない気がします。
選ぶのは、いつだって自分の感覚です。
チェルシーか、シティか。
あるいは、両方か。
私は、チェルシーを選びました。
ドレスクロージングを考えるとき、私にとって靴は、いちばん大切な要素です。
それは、値段が高いからでも、ビスポークだからでもありません。
自分のスタイルに合っていて、履き心地がよく、そして長く付き合えること。
その三つがそろって、はじめて「いい靴」になるのだと思っています。
スーツやジャケットには気を配っていても、靴がくたびれていたり、明らかに質の低い靴を履いていたりすると、不思議なほどすぐにわかります。
靴は、装いのなかでいちばん正直な存在なのかもしれません。
年齢を重ねるほど、その印象の差は大きくなる。そんな実感があります。
価格についていえば、革靴はやはり、品質とある程度の相関があるように思います。
できれば、無理のない範囲で、いいものを選びたいですね。
落合正勝さんが「靴にはいちばんお金をかけるべきだ」とおっしゃっているのも、よくわかります。
赤峰幸生さんも、靴との向き合い方は落合さんとは違えど、年季の入ったジョンロブやエドワード・グリーンを自然体で履いていらっしゃる。
そういう姿を見ると、靴というものの重みを、あらためて感じます。
エドワード・グリーンのチェルシーが一足あれば、ストレートチップに関しては、ひとまず安心です。
どこへ履いていっても、気後れすることがない。
もっとも、そう言いながら、他にも何足も黒のストレートチップを持っているのですが……。
靴好きというのは、そういうものですね。
私のチェルシーは、ラスト202。
最近は82も主流ですが、私の足には202のほうが、しっくりきます。
202は、1940年代にはすでに存在していた木型だそうです。
90年代半ば、工場移転を機に旧202から現行の新202へと移行し、それ以降、名作中の名作として語り継がれてきました。
エドワード・グリーンの工場には、
「私たちは、ただ自分たちが作りうる最高の靴を作りたいだけ」
という言葉が掲げられていると聞きます。
伝統を守るだけでなく、進化を恐れない。その姿勢が、この靴の佇まいにも表れている気がします。
靴作りの工程に「釣り込み」という作業があります。
木型にアッパーの革を合わせ、ペンチで引き、固定していく工程です。
かつて木製だった木型は、良質な木材が手に入りにくくなったことで、現在は樹脂製に変わりました。
工作機械も、ヴィンテージだけに頼らず、最新の技術を取り入れているそうです。
いい靴を作るためなら、方法は選ばない。
その実直さが、品質への信頼につながっているのだと思います。
インソックのロゴは旧ロゴ。

革質も申し分ありません。
10年以上履き続けているので、ライニングのかかとにはそれなりの使用感がありますが、アッパーは驚くほど穏やかです。
時間とともに、少しずつ、自分のものになっていく。
それが、この靴のいちばんの魅力かもしれません。
エドワード・グリーン。
私のワードローブのなかで、これからもずっと、静かなエースとして活躍してくれる一足です。
