こんばんは、しろくまです。

 

先日、高校生の時に好きだった魚喃キリコさんの漫画の実写映画

「ストロベリーショートケイクス」を観た。

 

 

多分、人生の中で4回以上は観ている映画。

歳を重ねるごとに心に突き刺さるセリフと、そんな気持ちもあったなと過去を思える場面が交差して、その歳々で楽しめる作品である。

※2023年4月現在、アマプラで観れました。

 

4人の主人公の中の1人、デリヘル嬢の秋代に昔の自分を重ねて見てしまう。

 

好きな男を一途に思いながらも、若いうちに稼いで隠居したいのでデリヘル嬢として働くことにした秋代。

好きな男にはそのことは告げておらず、「好き」を隠して気さくな女友達を演じる。

 

私も高校時代の好きな男の子に、同じように接していたな。

 

 

 

高校時代の私も好きだった彼も、あまり素行の良いタイプの生徒ではなかった。

こんな春先は、大きな公園でそういうのが好きな他校の生徒なんかが、お花見と称して集まったものだ。

 

土曜の夜だったろうか、彼がリュックを忘れて帰ってしまった。

彼と同じクラスで隣の席だった私が、それを持ち帰ることになった。

 

学生時代の私は、好きな人の持ち物を持つだけで、それはとても嬉しくなったものだった。

 

家に帰ってからも、その存在を思い出す度にリュックをぎゅーっと、

抱きしめていた。

 

 

次の日の日曜、私は初めてゲイの人と会う約束をしていた。

ネットの掲示板で知り合った人だった。

何度かやり取りをしているうちに、会いましょうと向こうから言われたのだ。

 

顔写真は交換していなかった、当時は身元がバレる事がとても怖かったので、

お互い顔を晒すのは暗黙の了解で写真の交換はしなかった。

 

メールのやり取りをしていて、優しい人だと思った。

 

まだ誰にもカミングアウトしていない私にとっては、話を聞いてくれる同じゲイ、

そして年上の彼を救世主のような人だとさえ思った。

 

その人は隣県の方で、片道の交通費だけで1万円程必要だった。

当時私はアルバイトをしていたが、高校生にとっての1万円は大きな金額だった。

 

「片道分は会った時に渡すよ」

 

その人にそう言って貰えて、私は安心した。

今考えると、高校生の私はどれだけ愚かで人を見る目が無かったのだろうかと思う。

 

私は、好きだった彼のリュックを一日だけ借りることにした。

彼のリュックをお守り代わりに、電車に乗るのだった。

 

 

 

 

つづく。