部屋へと進んだ私の目に映ったのは、意外な光景だった。

1階のキッチンと一緒になった部屋。

椅子に座ってジュースを飲む8歳の妹。

ソファーに座る母と、その足元で正座する父。

母の腕にはスヤスヤと眠る生まれたばかりの妹。

呆然と立ち尽くす私に

「シロクマもジュース飲む?」

と母が言う。

訳が分からないまま頷いて、立ったままジュースを受け取る。

一口飲んで。

大声で泣きたくなった。

何が何だか分からなくて、それでも家族が生きてたことが嬉しくて。

体中に熱が伝わっていく。

震えが止まり、必死に涙を飲み込む。

泣いたら、元に戻ってしまいそうで怖かった。

 

正座した父は反省していた。

母にヒソヒソと叱られていて。

さっきまでのビリビリとした空気は消えている。

 

夢だったのかもしれない。

父が自分たちを殴り殺そうとするなんて、夢だったのだ。

父だってきっとそこまではしない。

私はジュースを飲み干して、2階に向かった。

2階のあの部屋。 階段で聞いた衝撃音。

部屋に入ると、妹が眠っていた小さな布団のすぐ上に、

大きな穴が開いていた。

 

膝の力が抜けて、咄嗟に口から出そうになった悲鳴を両手で押さえる。

うずくまる、でも泣いたら顔を見られたらバレてしまう。

次々溢れでる悲鳴を両手で押し込む。

 

夢じゃなった夢じゃなかった夢じゃなかった!!!

お父さんは私達を本当に殺そうとしていた!!!

 

涙が見開いた目から畳にボタボタと落ちる。

瞬きは限界までしない。

瞬きをしたら涙が残ってしまう。

落として落として、消さなければ。

誰か誰か誰かお願い。

誰か、助けて。

 

 

後に聞いた話では、この時の母はものすごく冷静だったらしく。

父に「ブタ箱に入る覚悟があるなら振り切れ!」って言ったらしい。

そうしたら、母、妹の頭上、ギリギリのフルスイングで壁を殴ったそうだ。

父にはそこまでの度胸がないと分かっていたと、母は言ってました。

けれど、身の危険を最大に感じたのは確かだったらしく。

この後、ようやく母はこの生活からの脱出を試みます。

それが6月。

アジサイの季節。

 

 

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