今日というか昨日
アトリエ時代にお世話になった恩師のお葬式と恩師の展示会を兼ねた会へ参列してきた。

同窓会のような雰囲気のお別れで、
鉛筆や、アクリル絵具の匂いが懐かしい部屋で、恩師の絵をたくさん見せてもらいました。
風景画が好きだったみたい、人物のラフスケッチの線の動きがとても素敵だった。


来ていた懐かしい戦友や先輩、後輩、先生達。
クリエイターや芸術家の面々。
あの場所で同じ先生達から学んでいた生徒だった雰囲気に満ちてた。
著名だからといって、誰ひとり変な取り繕いも持ち上げもミーハーな感情も特にない。
自然なふうを装う白々しさもない。
みんな平等に生徒で、
ただただ恩師の絵を見に、顔を見せにきたという空気がとても清々しく心地よかったです。



本当にあの頃の時間は贅沢だったと想う。
毎日毎日、朝から晩まで絵を描いて。
絵の具を詰め込んだカートを引っ張り回しながらバイト先行ったっけ。
いつも絵のことばっか考えてたから、
どんなシーンも色に溢れてた。

付け焼き刃でなく、誰の真似でなく、利害関係もない、素直さを演出する必要もない、
特別でありたいとかそんな打算もない、
あの時を一緒に過ごした人たちの、私の、ごく自然な日々。

勝ち負けなんて陳腐な思考は勝手に淘汰されていった人間関係。

あげ足とられる事、からかい、陥れられる事、
そういう心無い人や嫉妬による「間違っているよ」と周りから思わされるような、
くだらない事に気づくことすらない。

真っすぐに注力できた「幸せ」な時間だった。


時々、
夢を追ってる人が、思い描く夢が本人の思い通りにいかない事を「苦労」と表現する人がいるけれど、私はあれってちょっと違うと思う。
贅沢だから気付かないんだ。




先生のひとりに呼ばれて行ってみると、
壁に貼られた十数枚の参考作品の中に、私の当時の自画像が貼られてた。
あれから何年も経っているけどずっと貼ってあったのかな。
沢山の予備校生、参考にしてくれたのかな。。
何だか少し恥ずかしかった。




残された人達の心の中それぞれに、先生が残してくれた自分だけの大切なエピソード、私にも残してくれて、、本当に、あの時間は私の宝物。


それに、
昔の自然な自分らしさを思い出して
大切なことに気づいた。

私は背伸びせず、自分らしく生きていたい。

もともと良くも悪くもそういう気質だった事、
その気質を否定せず、全て引き受けて過ごした時間が大事だったということ。

自分で自分の特性を否定することはないんだ。