制度に無理がある。
一度なると陥落しないので、いい力士なのにケガや不調で早く辞めなきゃいけないこともある。
その割にたった二場所の成績で決めてしまう。大関でさえ三場所の成績で決めるのに。
興行的に横綱が欲しいってことかも知れんけど、人間を神様に祀り上げるのは無茶苦茶だと思う。
人間は神じゃない!
人間に神様であることを期待するのは酷なのだ。
確かに、神様みたいに強い人もいたことはいた。けど人間だ。物凄く強い人間だっただけだ。その人がたまたまそうだっただけで、いつもいつもそうじゃない。それを強要するのは傲慢だ。
『勝たなきゃいけない人』なんか要らない。
神事ではなく、純粋なスポーツとしての相撲が見たい。私は無宗教なので。宗教を押しつけないでほしい。
『神である横綱』などという幻想じゃなく、今現在のランキングである番付を決めるだけでいいと思う。横綱にも陥落があっていい。あるべきだ。個人的にはそう思う。
余談。
私は大の里の半分同郷であり、ファンであるので、若くして引退とかだけは絶対やめてほしい。
余談終わり。
余談2
霧島も横綱なんかならんでいい。
苦しんだあげく早く引退とか、ありがちな事になって欲しくない。
(霧島だけの話じゃなく、昔からそういうことが多いような気がするから)
余談2終わり。

