ネバネバと糸を引く日本独特の食品、納豆。
糸引き納豆の誕生で有名なのが平安時代での言い伝え。
戦いのときの保存食として地元の農民から
藁(わら)にくるんだ煮豆をもらったことをすっかり忘れていた源義家。
あるとき、あまりの空腹に思い出して、
中を開けてみると、すでに豆に糸が引いていたとか。
躊躇しつつも、空腹にガマンできず思い切って食べたら、
意外にもおいしくて家来に作り方を研究させたそうです。
ほかにも、聖徳太子が余った馬のえさの煮豆を藁のなかに包んでいたら
糸をひくおいしい納豆になっていたとか、
朝鮮出兵の加藤清正が、馬の背中に藁で包んだ煮豆をのせていたら
納豆に変わっていたとか、諸説あります。
納豆を作るために必要なものは、大きく言えば大豆と稲藁。これだけです。
大豆を煮たのを冷まして、稲藁を束ねた包みの中に入れ、
中の温度が40~45度ぐらいになると、稲藁にいた納豆菌が急に増えだして、
大豆のタンパク質をネバネバに変えていきます。
だから納豆が生まれる偶然の下地は、日本の至るところにあったのでしょう。
もしかしたら、稲作が伝えられて藁があり、煮豆を食べる習慣のあった
弥生時代には誕生していたのかもしれませんね。
ちなみに納豆の語源は、寺の納所で大豆を原料に作られていたから。
納所とは今でいう台所のこと。
つまり「台所豆」みたいな意味なのです。
なんて安易なネーミングなんでしょうね。

糸引き納豆の誕生で有名なのが平安時代での言い伝え。
戦いのときの保存食として地元の農民から
藁(わら)にくるんだ煮豆をもらったことをすっかり忘れていた源義家。
あるとき、あまりの空腹に思い出して、
中を開けてみると、すでに豆に糸が引いていたとか。
躊躇しつつも、空腹にガマンできず思い切って食べたら、
意外にもおいしくて家来に作り方を研究させたそうです。
ほかにも、聖徳太子が余った馬のえさの煮豆を藁のなかに包んでいたら
糸をひくおいしい納豆になっていたとか、
朝鮮出兵の加藤清正が、馬の背中に藁で包んだ煮豆をのせていたら
納豆に変わっていたとか、諸説あります。
納豆を作るために必要なものは、大きく言えば大豆と稲藁。これだけです。
大豆を煮たのを冷まして、稲藁を束ねた包みの中に入れ、
中の温度が40~45度ぐらいになると、稲藁にいた納豆菌が急に増えだして、
大豆のタンパク質をネバネバに変えていきます。
だから納豆が生まれる偶然の下地は、日本の至るところにあったのでしょう。
もしかしたら、稲作が伝えられて藁があり、煮豆を食べる習慣のあった
弥生時代には誕生していたのかもしれませんね。
ちなみに納豆の語源は、寺の納所で大豆を原料に作られていたから。
納所とは今でいう台所のこと。
つまり「台所豆」みたいな意味なのです。
なんて安易なネーミングなんでしょうね。
