ここからは、壬生界隈を離れまして。

まずは、西本願寺。
我が家の宗派は浄土真宗本願寺派、こちらは総本山になります。



まずは御影堂にて手を合わせ。


境内等で心身浄化にっこり


池田屋騒動後、大きな勢力を付けた新選組は、手狭になった壬生の屯所からこちらへ移り込んできました。

元々、長州藩と深い繋がりがあった本願寺。自らが屯所を置くことで、長州藩士達を牽制するのが目的だったとか。


このイチョウの木は樹齢400年!
当時の長州藩士や新選組隊士らを、このイチョウの木はどっしりと構えて眺めていたのだと思うと、偉大な力を、また、自然って尊いなと感じました。

でも。
ここでの新選組は、やりたい放題!
兵法訓練はもちろんのこと、由緒あるお寺だというのにも関わらず、斬首や切腹、食用として豚を飼育、その残飯を放置するなど劣悪な環境にしてしまい、結果、本願寺が費用を全額負担して、新たな屯所へ移転してもらったそうです。

第2の屯所、西本願寺 太鼓楼。

ぷっっ。
実は行き当たりばったりの勉強不足。
ここまで来て、太鼓楼の存在を知らず、お写真がないガーン←あり得ん!!笑い泣き


そして、第3の屯所となったのがこちら。
目と鼻の先にある、不動堂明王院です。


まぼろしの屯所。不動堂屯所。
というのも、こちらの本堂は昭和元年に建立されており、実際の屯所の正確な場所は不明なのだそうです。


とてもひっそりとしていて。
こちらも奥まったというか、込み入った場所にあったので、JR京都駅から徒歩5分と言われても、なかなか見つけ出せませんでしたニコ(ちなみに、京都駅を脱出するのに20分かかったんです笑い泣き方向音痴で、出口がどこにあるか分からなくってwww)


続いて、こちら。
ここがまさに!
油小路の変で暗殺された伊東甲子太郎殉職の地、本光寺前。


元々は新選組参謀であった伊東甲子太郎。
長州厳罰論を唱える新選組局長・近藤勇に対し、勤王を唱える伊東甲子太郎は、新選組を離脱。14名の同士を率いて、御陵衛士を結成。

実はそこに、新選組が潜り込ませた隊士が一人。

その隊士によって、伊東甲子太郎のとある企みが近藤勇や土方歳三らの耳に届き…

近藤勇は先手を打って、この地で新選組隊士らに伊東甲子太郎を暗殺させたのだそうです。



そして、伊東甲子太郎の亡骸を引き取りに来た数名の御陵衛士も犠牲に。
その中には、唯一、斬らずに逃がせと命じられていた元新選組八番隊長であった藤堂平助も。




まだまだ新選組のエピソードはたくさんあるのでしょうが、今回の旅はここまで。

追伸

京都巡りをしたいと思ったきっかけがこの油小路の戦いだったのと、友達との待ち合わせ場所が河原町だったので…

実は、この本光寺が旅のスタート地点でした(笑)
うちに帰って、せっかくなら時系列に並べたいなと思ったら…

真逆のルートびっくり

まぁそれはそれで良き思い出です。

梅雨空の下、雨女のくせして、一度も雨に打たれることなく各所を巡ることができたのもラッキーでした。

前日に組んだ行き当たりばったりプランではありましたが、行きたいところには、ほぼ行けました。
駅構内の20分迷子時間と途中バスを乗り間違えたてへぺろ時間を合わせたら、行きたかった残りの2箇所にも立ち寄れたのだろうけど…それはそれで、後に訪れた場所で素敵な情報を得たので、結果、パーフェクトな旅になりました!


あ。
友達と合流し、ライブ会場へ向かう途中に…

池田屋がありました笑い泣きさすが、京都!
ちょっと歩けば史跡に当たる……ビーグル犬しっぽビーグル犬からだビーグル犬あたま


元は長州藩の定宿であった旅籠。
現在は居酒屋さんになっていますが、間取りは当時のまま?らしいので、次来た時には、こちらで食事をしたいなー、弔い酒🍶でもとか思ったり。




我が長州藩士を巡る旅もしてみたいなぁ照れ

今回も、楽しく歴史を巡ることができました!

つづく。