今日もお疲れ様です!(^ ^)✨
今日も日中は暑かったようですが(仕事中はずっと室内)、この時間になるとすごしやすい気候になりますね♪😊
夏は夜!ですね〜🌃🎇
この言葉は、当時ハマっていた「チョロQ3」というPS1のゲームソフトで知りました笑🚗
(確か、夜のステージだった気がする!うろ覚え!笑)
枕草子の一節だと気づいたのは高校くらいになってから。。恥ずかしい😭笑
ええ、私は理系ですとも😅
ですから、日本史なんて小学6年生の時のふわっとしたやつでしか習っていないんです😂😭
センター試験でも選択は現代社会でした。
しかも、浪人したせいでどんどん「現代」社会じゃなくなっていくっていうとね😭笑
昔父親が図書館で石ノ森章太郎の「まんが日本の歴史」を借りてきてくれた時は、その面白さに震えましたね!^_^💦
ストーリーがわかりやすかったですし、その巻ごとにスポットが当てられる人物が変わり(たとえば、平清盛が主人公の次の巻は源頼朝が主人公)、大河ドラマなんかよりもよっぽど面白かったです笑✨
そもそも大河なんて結局、みんな知ってる戦国時代と幕末しかやらないでしょ?
南北朝とか源平合戦、保元の乱、応仁の乱とか人間模様がドロドロ、ドラマがあってむちゃ面白いのになぁ…
大河の「平清盛」は全然視聴率なかったと聞きます😭戦国とか近代日本史はもういいんじゃ!!笑
個人的には蒙古襲来(文永の役、弘安の役)をもう1回やってほしい😂😊
石ノ森章太郎の漫画ではこれが一番好きです😊✨
(この次に好きなのは「サイボーグ009」か「仮面ライダー」)
全55巻なのですが、大学生の時に読みたすぎて全巻大人買いし、二度ハマりました笑😅
「大正デモクラシー」や「菅原道真の怨霊」とかはあんまり知らなかったので面白かった😊✨
(あれ?近代日本史はもういいんじゃなかった?)
よし!!てなわけで、今日の記事は「日本史」にしましょう!
ウンチクは理系の記事ばかりでしたからね😅
(てか、今後も理系になるでしょう…)
※注意!
特に文系の記事は、私に全くもって知識がないのでおそらく多分に間違った事を書くでしょう。ここに書いてあることを全部鵜呑みにしないでください😅😭
むしろ、間違ったことがあったら適宜教えてください!✨
テーマは「皇位簒奪を企てた人物」にしましょうか。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/皇位簒奪
皇位簒奪。
つまり、クーデターです。
日本は、世界的に見ても実に珍しい国であり、クーデターが成功したことは、日本史上一度もありません。
このため、日本は世界最古の王朝国家なのです。
これは世界のどの国を見渡しても日本のみです。
中国なんて、4000年の歴史とかほざいてるけど、クーデター起こりまくり、王朝変わりまくりだからね。。😅笑
今はもう王朝ですらないし。。
日本人が天皇に対しそれほど忠誠があったかというと、それはそうでしょうが、それだけではありませんでした。
鎌倉時代や室町、戦国時代において当時もはや権利は朝廷よりも幕府に移っていましたが、それでも朝廷の「権威」は健在でした。
時の権力者達の多くは自身が天皇に成り代わろうとは思わなかったのです。
その理由は大雑把に
①そんな事をしなくても既に自分に権利はあるし、朝廷など害にもならなかったから
②朝廷のお墨付きという「大義名文」を得た方が何かとやりやすかった
からです。
天皇を打倒するよりも利用する方が「正義」を名乗れましたし人がついてきたし敵を無駄に増やさなくてよかった、など効率がよかったのです。
逆に言えば、いつの時代でも「朝敵」となる方が悪だという認識が残るまでは朝廷の権威は残っていたわけです。
これは、日本人の民族性なのか、信心深い性質が関わっていたかどうかはわかりません(私が詳しくありません😅笑)
しかし!そんな権力者達の中で、以下の者達は皇位簒奪を行こうとした数少ない人達です。
ちなみに、全て失敗に終わってます。
(成功してたら天皇家が途絶えてる😅)
まぁ、詳しくは上のwikiに載ってますww
●蘇我蝦夷/入鹿
大王の座を奪おうと策略したことによって、乙巳の変で中大兄皇子と中臣鎌足によって殺害される。
いわゆる大化の改新ですが、これは当時権利を持ちすぎた有力豪族の蘇我氏が邪魔なために、デマを流して殺したという説があります。結果、その後中央集権化となり中臣鎌足の子孫は平安時代一の貴族である藤原氏になります。
●平将門
平氏はそもそも桓武天皇の血縁で臣籍降下した血族です。将門は桓武天皇のやしゃごにあたると言われています。
武力にて当時あまり朝廷の権力が及んでいなかった関東を制圧した後、巫女が信託を告げ、当時の皇族(興世王)から「新皇」の号を呈され、相対する天皇を討とうとしますが翌年には自身が滅ぼされてます。いわゆる「平将門の乱」です。
●足利義満
足利尊氏も後醍醐天皇と共謀して北条氏を滅ぼしたくせに、その後(後醍醐天皇の建武の新政が時代遅れすぎて)後醍醐天皇と対立し、南北朝時代を作ったという意味では皇位簒奪をした1人ですが、三代将軍である義満は、おそらく日本史上最も皇位簒奪の成功に近づいた者です。
尊氏は、後醍醐天皇に対するために新たな天皇をたてて北朝を築いたため、やはりまだ天皇の家臣でした。
しかし、義満は天皇家そのものにとってかわろうとしたのです。
尊氏の時代はまだ九州まで室町幕府の権利が及んでおらずその際に来た明からの使者は太宰府長官と国交を結び「日本の王」としました。しかし時は義満の時代に移り、九州は征定されたのですが、明は義満を「日本の王」とは認めませんでした。
これが当時の義満にとってものすごくコンプレックスになったらしく幕府の権力集中化をはかり、ついに明から「日本国王」として冊封されたとのことです。
諸説ありますが、当時の「日本国王」とは天皇家のことでありこれを皇位簒奪ととるという説があります
こう書いたら、全然詳しくなかったわ、俺…😅😭
多分、むっちゃ間違ってるとこがあるので鵜呑みにしないように!!笑😅
たまには文系の雑学を書いてみたということと、天皇家にすらクーデターをおこそうとした者が日本人にもいたというお話でした😅
明日頑張れば、連休ですね!!😊✨
(まあ私は明日も夜勤なのですが…😭)
2日前なのに一切盛り上がらないオリンピックですが、仕事が休みになるならどうでもいいです笑
もう少しだけ頑張りましょ〜💨✨
https://www.amazon.co.jp/マンガ日本の歴史全55巻セット-中公文庫-石ノ森-章太郎/dp/B005SJICCG