ネクタイ外して野良へ・(37)・・人差し指の災難
家に帰って湿布をすれば、明日になれば痛みもひくだろうと思っていた。指は腫れ上がっていて、どうも爪はいずれだめになるだろうなあ・・・という雰囲気であった。
ところが、翌日が来て仕事に行っても激痛というほどのことはないが、なんだか指の芯に鈍痛がある。下手をすると指先から腕にかけて痛みが伝わってくる。
この痛さに負けて病院嫌いのぼくもついに折れて、知り合いの外科病院に行った。
数年前、この病院の新築に合わせて、日時計を設置するのを頼まれて、入口付近に「傾斜平面型」という日時計を設置した。
デザインは先生が魚釣りが好きだということで、魚の形にした。
なぜ、「平面型」ではなく時刻面を少し傾斜させたタイプの「傾斜平面型」にしたかというと、ここはバス停前であるということと、子供たちの通学路になっていて、上から覗き込む形の「平面型」ではなく、少し離れた位置からでも見ることのできる「傾斜平面型」にしたのである。
「アッチャー、お元気ですか? いま何処においでですか?」
診察室に入ると宇賀先生が尋ねる。ひとしきり世間話をした後で
「どうしました?」
と先生がやっと聞いてくれたので、山小屋建設のいきさつや、柱が落ちた話をした。
「うーむ これは・・・・レントゲンとりましょう」
先生はそう言うと、この病院にはレントゲン技師というものがいないのか、自分でレントゲンを撮った。
「ちょっと待っててくださいね」
宇賀先生はそう言うと出ていった。自分でレントゲンフィルムの現像に行ったのである。
「骨が折れていますねえ・・・」
写真を見せながら、その箇所をぼくに見せた。
「この爪はどうなるんでしょうか?」
骨折もそうだが、ぼくにとっては暗い紫色に変色してしまった爪が気になって聞いた。
「あ、この爪。こりゃあもうだめです。指先に血が溜まっているから、近い内にこれが破れるから、破れたらすぐに来てください」
「いつごろ破れますか?」
「さあー・・・これ痛い?」
宇賀先生はピンセットで爪を挟み、ゆらゆら揺すりながら言った。
「あまり痛くはありませんが・・・」
「そう、意外にしっかりしていますねえ・・・もし破れなかったら注射器で吸い取ります」
「ええーっ 注射器ですか?この指先からですか・・・・」
「ここに血が溜まっていますからね」
「でもそりゃあ痛いでしょうね?」
「ちくっとしますね」
「麻酔してやるんですか?」
「麻酔はしません」
「この折れた骨にギブスしますか?」
指先にギブスなんかされると、建築の仕事に差し支えるので心配して尋ねた。
「ギブスはしません。指先ですから。それより、この爪が問題ですから」
「爪はまた生えてきますよねえ」
「もちろんです」
「いつごろになれば生えかわりますか?」
「今年の暮れごろになるでしょうねえ・・・」
などと言いながら診察が終わって、塗り薬をもらって病院を後にした。
結局、爪は死んだが、指先の皮膚は破れず、注射で吸い取られることもなく、秋が来て爪は外れ、宇賀先生が言ったとうり、あたらしい爪が生えて元にもどったのは暮れのことであった。
とんだ、人差し指の災難であった。

