ネクタイ外して野良へ・(36)・・ああ無情・・・
瞬間ちらっと見た人指し指は、なんだかペチャンコになっているようであった。
もう二度とその指を見たくなかったので、右手で覆って脚立を飛び降り、下に降りていった。
下では大さん夫婦が楽しさ一杯になって、夫婦善哉で一生懸命かんながけしている。
ドーリさんを目で探したが、花壇で土をほじくり返している。
まことに、のんびりとした風景である。
しかし、ぼくの方は大変な事態に陥っている。指は猛烈に痛い。
握っていた右手を外して、左人指し指の先端を怖々見たが、ペチャンコに思えた指先は血も吹き出ておらず、何事も無かったかのように見えたが、その痛さは尋常ではない。しかし平和にやっている彼らに
「あちゃー指を詰めた!指がペチャンコになったあー おー痛い!」
などと叫んでもどうにもならないので、このことは一人自分の胸の中にしまい込むことにしたが、それでもあまりの痛さに負けて、そこらあたりにあったバケツの水に手を突っ込んだ。
指が冷えると少しは痛さが和らぐ。
バケツに手を突っ込んで「ヒィーハー ヒィーハー」しているぼくを見てドーリさんが、手を洗っているのと思ったのか
「コーヒーの時間にする?」
などと言いながら、のんびりとやってきた。
大さん夫婦も楽しい仕事に一区切りつけて、みんなでコーヒータイムにすることにした。
「いやあーキミ、このカンナがけはなかなか面白いねえ」
などと、会社で部下にいうような口調で大さんが平和に言う。
「500枚くらい、すぐ出来るね」
妻のマスさんも面白そうである。コーヒーにお菓子を頬張りながらの楽しい会話のなかで
「そうでしょう、やれば楽しいでしょう・・・・ウーム・ヒーハー、ヒーハアー」
などと、ぼくも楽しげに答える。本当は痛くて気絶しそうである。とうとう我慢できなくなって
「実は柱が指の上に落ちた・・・・」
ぼくはこのときになって、指を詰めたことを告白したが、ドーリさんは慌てて湿布薬を探したものの、大さん夫婦はカンナがけの楽しさの余韻に浸っているかのようで
「そりゃ痛いだろう。気をつけてやらんと・・・・」
などと言ったきりで、ぼくの地獄の苦しみを理解しているふうではなかった。
白状にも夫婦そろって、コーヒー飲みながら、お菓子をほうばっているのである。
ああ・・無情・・・・?
「帰りにうちによって、晩ご飯でもたべる?」
コーヒータイムが終わると、帰り支度をしながらマスさんが、ぼくらを誘った。
ふだんなら、これで帰りに夕食をご馳走になって帰るのが決まりだが、今日のぼくはそれどころではないのだ。
指はまだしっかりと痛い。それに指先が曲がらない。曲げようとすると激痛が走るのである。
ドーリさんの努力のかいなく、湿布薬も見つからないのでホータイをしてその上からガムテープをぐるぐる巻きにして指が曲がらないように固定した。
大さん夫婦は帰って行ったが、ぼくの仕事はこれで終わりではない。
まだ、柱に梁を通す仕事が残っているのである。思いっきりガムテープで指を止めると、幾分か痛みも和らいだので、再び二階に上がって仕事を続けた。

