〈2019年9月14日〉

今日の御朱印は浅草寺で頂いたものです。

浅草寺は聖観音宗となります。

昭和24年(1949)までは天台宗でしたが、昭和25年(1950)より聖観音宗となり、その本山とのこと。


浅草寺は、1400年近い歴史をもつ観音霊場とのこと。

寺伝によりますと、ご本尊がお姿を現されたのは、飛鳥時代、推古天皇36年(628) 3月18日の早朝であったとのこと。

宮戸川(今の隅田川)のほとりに住む檜前浜成・竹成兄弟が漁をしている最中、投網の中に一躰の像を発見したとのこと。

仏像のことをよく知らなかった兄弟は、像を水中に投じ、場所を変えて何度か網を打ったが、そのたびに網にかかるのは尊像であったとのこと。

魚は捕れなかったので兄弟はこの尊像を持ち帰ったとのこと。

土師中知(名前には諸説あり)という土地の長に見てもらうと、聖観世音菩薩の尊像であるとわかり、翌19日の朝、里の童子たちが草でつくったお堂に、この観音さまをお祀りしたとのこと。

「御名を称えて一心に願い事をすれば、必ず功徳をお授けくださる仏さまである」と、浜成・竹成兄弟や近隣の人びとに語り聞かせた中知は、やがて私宅を寺に改め、観音さまの礼拝供養に生涯を捧げたとのこと。



《ご本尊》 聖観世音菩薩



ご本尊さまは、世間の生きとし生けるものの音声を観じ、その苦しみを除かれ、また願いを聴いて安楽を与えてくださる仏さまであるとのこと。

神変自在のお働きを主として「観自在菩薩」とも称されるが、一般的には略して「観音さま」と呼ばれるとのこと。

観音さまは、十一面・千手・如意輪など、いろいろなお姿に変化するが、聖観音はその基本とされるとのこと。




浅草寺は広い境内となります。

参拝に伺いますと、表参道である仲見世は人が多く混雑しておりました。



こちらの総門であります雷門(風雷神門)の名は、風神と雷神を門の左右に奉安していることに由来するそうです。

雷門をくぐり、仲見世を歩きますと宝蔵門(仁王門)があり、その先に本堂(観音堂)となります。



影向堂(ようごうどう)は、観音さまをお助けする十二支の守り本尊のお堂となっております。

影向とは、神仏が姿かたちとなって現れることであり、浅草寺では、観世音菩薩のお説法やご活躍に不断に協力されている仏さまを「影向衆」と呼ぶそうです。

内陣の須弥壇中央には聖観世音菩薩を祀り、その左右に干支ごとの守り本尊八体(影向衆)が祀られております。

外陣には、浅草名所七福神の大黒天が祀られております。




本堂の前にあります常香炉でお線香を手向けさせていただき、ご本尊の聖観世音菩薩さまにご挨拶。

影向堂で、聖観世音菩薩さま、十二支の守り本尊さま方、大黒天さまにご挨拶。


ご挨拶を済ませ、影向堂で聖観世音菩薩さまと大黒天さまの御朱印を頂きました。


浅草寺は、1400年近い歴史に相応しく、品格を保ち、堂々として懐が深く、高い波動となっております。




浅草寺の御朱印です。





大黒天の御朱印です。



今日は浅草寺・大黒天の御朱印からお力を頂いてください。


今日も読んでくださりありがとうございました。