『瞳をとじて』 Cerrar los ojos ,2024,ヴィクトル・エリセ



何しろ31年振りの新作だという。エリセ当年取って84歳。次回作あと31年だとすればいくらなんでも寿命が足りない、物理的に。

映画内映画数あれど最高峰ではないか。シークエンスごとのフェイド・アウトがそもそも素晴らしい。三重、四重、五重の映画内映画内映画内映画内映画。

徹底したダイアローグ映画でもある。ダイアローグが映画に与えた影響の大きさ。いやもとい、そうではない。ダイアローグこそが映画そのものなのだ。しかしそれにしてもこれほど豊かでヴァリエイションに富んだダイアローグ映画がかつてあっただろうか。会話する二人をどう映すのか。

しかもあらゆるショットに全く迷いが無い。迷いどころの話じゃない。全てのショットが映画としての凛とした確信に満ち溢れている。シークエンスごと、時代ごと、場所ごとに微妙に変化するデリケートな集光や照明にも驚愕してしまう。

優れた映画の条件のひとつ、蒸気機関車を含む登場する乗り物がどれも素晴らしかった、雨も嫌になる程降りまくっていた、エリセの画面内のフレームの使い方は当代随一、四人のミュージカル・シーンも最高、屋外から室内に入ってくる時の室内側の採光、海の青さ、青と言っても透明感の欠如したドスの効いたグレイッシュ・ブルー・シー、波の音、潮騒の素晴らしさ、4コマの連続写真、やがてパラパラ漫画、パラパラ映画へと繋がる、そして閉鎖された映画館、映画だ、映画だ、映画だ、映画だ、映画だ。最早知性などあっさり吹っ飛び、ひたすら呆けた様に呪文を呟き続けることしかできない、映画だ、映画だ、映画だ、映画だ、映画だ、映画だ、映画だ、映画だ……。

いくつかのショットを重ねた後に挿入されるアナ・トレントの一番最初の超クローズ・アップ・ショットなどというものは観ているこちらはあまりのことに後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃によってひたすら茫然と呆気にとられてしまう。この驚きはバスター・キートンのアクション映画を観た時の体験と完全に一致している。そういう意味でこの作品は恐るべきアクション映画でもあるのだ。

そしてこの作品の最もコアな本質は、初老のアナ・トレントが演ずるもうひとつの『ミツバチのささやき』なのである。まさしく映画内映画。

最後にちょっとだけネタバレ。この作品の一等最初のセリフはなんとなんとなんと中国語なのだ。ここにエリセの、そして映画そのものが内在している心意気があるのだと確信する。ハイブリッドな言語空間を一瞬で形成してしまう奇跡のような磁場。

もしもあなたが本当に映画を観たいと思うのならばこの『瞳をとじて』をご覧ください。きっとあなたは本懐を遂げ映画を観ることができるでしょう。

更に追記します。

この作品は映画館で観なければほとんど意味がありません。ぜひご注意ください。

  予告編



  作品データ


※以下出典根拠映画ドットコム

監督
ビクトル・エリセ
製作
クリスティーナ・スマラガ
パブロ・ボッシ
ビクトル・エリセ
ホセ・アルバ
オディール・アントニオ=バエス
アグスティン・ボッシ
ポル・ボッシ
マキシミリアーノ・ラサンスキー
製作総指揮
クリスティーナ・スマラガ
原案
ビクトル・エリセ
脚本
ビクトル・エリセ
ミシェル・ガスタンビデ
撮影
バレンティン・アルバレス
美術
クルル・ガラバル
衣装
ヘレナ・サンチス
編集
アセン・マルチェナ
音楽
フェデリコ・フシド
キャスト
マノロ・ソロ
ホセ・コロナド
アナ・トレント
ペトラ・マルティネス
マリア・レオン
マリオ・パルド
エレナ・ミケル
アントニオ・デチェント
ホセ・マリア・ポウ
ソレダ・ビジャミル
フアン・マルガージョ
ベネシア・フランスコ
原題
Cerrar los ojos
製作年
2023年
製作国
スペイン
配給
ギャガ
劇場公開日
2024年2月9日
上映時間
169分

  解説


「ミツバチのささやき」などで知られるスペインの巨匠ビクトル・エリセが31年ぶりに長編映画のメガホンをとり、元映画監督と失踪した人気俳優の記憶をめぐって繰り広げられる物語を描いたヒューマンミステリー。

映画監督ミゲルがメガホンをとる映画「別れのまなざし」の撮影中に、主演俳優フリオ・アレナスが突然の失踪を遂げた。それから22年が過ぎたある日、ミゲルのもとに、かつての人気俳優失踪事件の謎を追うテレビ番組から出演依頼が舞い込む。取材への協力を決めたミゲルは、親友でもあったフリオと過ごした青春時代や自らの半生を追想していく。そして番組終了後、フリオに似た男が海辺の施設にいるとの情報が寄せられ……。

「コンペティション」のマノロ・ソロが映画監督ミゲル、「ロスト・ボディ」のホセ・コロナドが失踪した俳優フリオを演じ、「ミツバチのささやき」で当時5歳にして主演を務めたアナ・トレントがフリオの娘アナ役で出演。

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