『夜明けのすべて』2024,三宅唱



エリセをオンタイムで観ることのできない地方在住者の悲しみを込めて鑑賞。鑑賞後そんなひねたルサンチマンなど雲散霧消してしまい今はひたすらにこの作品と三宅唱の残した微熱のような曖昧な時間に全身を委ねていたい。

かつて社会派という形容詞があった。色々例外はあるけれど主にはハリウッドのある種の作品や作家に冠する形容がほとんどだったと思う。シドニー・ルメット、アラン・J・パクラ、ミロス・フォアマン、アーサー・ペン、ステュワート・ローゼンバーグ…。やがてその形容詞はほぼ死語と成り果て90年代ぐらいから唯一クリント・イーストウッドだけが密やかにそのバトンを受け継いたのだと言えるのかもしれない。もちろん私にとっては肯定的に受け入れるには抵抗感のあるいくつかの固有名詞が並んでいるのだけれど、いずれにせよハリウッドにおける50年台の作家たちがパージされ退場した後の徒花のように繁茂していた映画史的事実があったのだ。

そして三宅唱。すでに『ケイコ 目を澄ませて』で顕在化しつつあった波動が、60分に満たない短編『ジョン・フォードと「投げること」完結編』を編集とは言え、蓮實重彦と共に作り上げたあと、日本という異郷の地に居ながらもなお、イーストウッドからのバトンを受け継いでみせたのが本作品だ。さりげなくこともなげでありながら、ズッシリと手応えのあるまさしく社会派作品。堂々とそう宣言していいと思う。

後はもう作品の全てのショットが映画でしかない。以上も以下もない。これが映画なのだ。『ケイコ…』同様16mm。粗い粒子感。激烈気持ちいい。雨。自転車。髪切り。食事。電車。ホーム。陸橋から見下ろす線路…。ヴェンダースのTOKYOも凄かったけど、今回の16mmの東京はなお遥かに凌ぐ。

それにしても光石研恐るべし。たしかに『逃げきれた夢』でも輝きまくっていたのは認めるけれど、認めるけれども、こーんないい役者だったっけ?脱帽!

もう言うまでもなく必見中の必見中の必見中の必見です!

  予告編



  作品データ


※以下出典根拠映画ドットコム

監督
三宅唱
原作
瀬尾まいこ
脚本
和田清人、三宅唱
製作
河野聡、牟田口新一郎、竹澤浩、中村浩子、津嶋敬介、古賀俊輔、奥村景二、小山洋平、篠原一朗、池田篤郎、宮田昌広
企画
井上竜太
プロデュース
井上竜太
チーフプロデューサー
西川朝子
プロデューサー
城内政芳
撮影
月永雄太
照明
秋山恵二郎
録音
川井崇満
美術
禪洲幸久
装飾
高木理己
衣装
篠塚奈美
ヘアメイク
望月志穂美
編集
大川景子
音楽
Hi'Spec
音響効果
岡瀬晶彦
助監督
山下久義
制作担当
菅井俊哉
キャスト
松村北斗、上白石萌音、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、久保田磨希、宮川一朗太、内田慈、丘みつ子、山野海、斉藤陽一郎、りょう、光石研
製作年
2024年
製作国
日本
配給
バンダイナムコフィルムワークス、アスミック・エース
劇場公開日
2024年2月9日
上映時間
119分

  解説


「そして、バトンは渡された」などで知られる人気作家・瀬尾まいこの同名小説を、「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱監督が映画化した人間ドラマ。

PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。

NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で夫婦役を演じた松村北斗と上白石萌音が山添くん役と藤沢さん役でそれぞれ主演を務め、2人が働く会社の社長を光石研、藤沢さんの母をりょう、山添くんの前の職場の上司を渋川清彦が演じる。2024年・第74回ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品。

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