極私的2022年ベスト10〜日本映画「以外」疾風編〜



なんといっても『時代革命』一色であり、追随を許さぬ圧倒的なダントツであり、2022年のほとんど全てであり、現在の危機的切実さを知らしめる作品であり、香港映画を含む私たちの未来へのあり様を厳しく問うている。同時に希望も。

  ■第一位『時代革命』キウィ・チョウ


昨年ベストワンだった『水俣曼荼羅』に並ぶ最重要作品であり最重要ドキュメンタリー。ダントツの第一位。香港映画に耽溺し、ゴダールに刺激されてきた者たちの極めて重要な指針ではあるが、もちろんそんな小さな枠に収まることはない。何度観ても覚悟の薄い涙が溢れ出てしまう。近代における私たちの身の処し方、所作振る舞いが抜本的に問われているのは間違いない。

  ■第二位『あなたの顔の前に』ホン・サンス


ズバリ、総天然色映画と名付けたい。映画にとって色彩がどれほど大事であるのかを知らしめる作品。実際、主題論的に極めてドラマティックな機能を果たさせている。表層の白から基層の赤への相克劇の中で不意にハリウッドの豊穣さが幽霊のように立ち騒ぐ。

  ■第三位『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソン


青春。映画が青春を生きているのであってその逆ではない。執拗に歩き、執拗に走り、長い横移動を1ショットの瑞々しい運動でフィルムに収めている。丘の高台の高級住宅地からリバースして滑走落下するトラックの本作品唯一の上下運動の目の眩むようなサスペンスフルなシークエンスの素晴らしさ。ひたすらに映画は自らの青春を忠実に生きている。

  ■第四位『イントロダクション』ホン・サンス


『あなたの顔の前に』に対して本作を名付けるのなら、非・総天然色映画と呼びたい。少なくとも作品は安直に白黒映画などという粗雑な呼称に安住することを許さない。無限のヴァリエイションと強い深度を持つ白と黒のダイナミズム。そこには東亜の水墨画の豊かな地層が広がっているかのようだ。それにしても画面のどこかに一点だけ密やかに慎ましやかに朱が配色されているような気がしてならない。

  ■第五位『アトランティス』ヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ


墓地と言うよりも遺体埋葬所と称する方が相応しい場所から始まる物語。この冒頭からして映画史の記憶が呼び覚まされる。ザラザラとしていて重量感は十分。ただ武骨な印象ではなくもう少し線が細くデリケートな印象。サーモスタットによる指温画像がこれほどまでに繊細で艶かしくエロい変化を遂げるという驚き。土砂降り雨の装甲車のシークエンスも素晴らしい。

  ■第六位『魂のまなざし』アンティ・ヨキネン


僅かな時間に雨のシーンが挿入されているけれど、この雨降りが実に素晴らしい。中でも雨の粒子の細かさは『時雨の記』や『ビューティフル・マインド』と並んで、数ある雨の名作の中でも特筆されるべき。淡く繊細な光。木製の床を引き摺るステッキの厳めしい音。全ての女性に捧げられている。

  ■第七位『戦争と女の顔』カンテミール・バラゴフ


ゴツゴツとした骨の図太い触感が残る。構図、キャメラの動き、人物の動き、カットのタイミング、どれもがいちいちガリガリと引っ掛かり、滑らかなハリウッド的予定調和のカケラもない。「説明」という概念そのものが失われているか、「説明」の定義そのものが抜本的に変更されてしまったかのような世界で映画製作が進められている。

  ■第八位『クライ・マッチョ』クリント・イーストウッド


すでに死んでいる。すでに死後の世界にいながら映画を仕上げているに違いないと確信させる太々しさ。重層的なボーダーラインを意識させる立て付け。すでに死んでしまったイーストウッドはこのボーダーを越えることなく背中を向けて引き返すのだ。それにしても冒頭にあるお得意の空撮の移動ショットを今後再び観ることがあるのだろうか。

  ■第九位『17歳の瞳に映る世界』エリザ・ヒットマン


ハイティーンの少女二人のロード・ムーヴィ。まるで川の流れのように推移していく。全ての出来事が情緒的揺らぎの一切を完全に拒絶して淡々と流れていく。そこに曰くありげな特別な意味付けなど皆無なのだ。そしてそんな非・意味のフィルム表層こそが救済であるかのようだ。結局のところ意味などというものは世界の“リアル”を遠ざけてしまうだけなのかもしれない。当然オールロケ。

  ■第十位『白い牛のバラッド』マリヤム・モガッダム、 ベタシュ・サナイハ


ワーストでも別によかったのだが『君といた108日』があまりにもインパクトが強く、第十位に押し込むこととなった。欧州映画学校を優秀な成績で卒業しました、って感じがする優等生映画。しかしセリフに全く頼っていないところは素晴らしい。磨りガラス越しの二人の葛藤や自動車のフロントからのパン撮影など、心憎い。

  ■次点

『ウエスト・サイド・ストーリー』スティーヴン・スピルバーグ
『リフレクション』ヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ
『ニトラム』ジャスティン・カーゼル
『エルヴィス』バズ・ラーマン
『MONOS 猿と呼ばれし者たち』アレハンドロ・ランデス

  ■次点の次点がふたつ

『エル プラネタ』アマリア・ウルマン
『アネット』レオス・カラックス

  ■ワースト

『君といた108日』アンドリュー・アーウィン、 ジョン・アーウィン

恐るべき党派性。アメリカのキリスト教原理主義的素朴な信仰告白。その無邪気なイデオロギーに眩暈を覚える。アメリカの普通のマジョリティにとって常識レベルの暗黙知に慄然とする。私これでもプロテスタントのクリスチャンなんですけどね。

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『時代革命』一色に染まった不幸な一年でした。全く底なしの史上最低な時代です。単独者の長き闘争としなやかな連帯の時なのでしょうか。まさしく水の戦略を思います。現在のコロナ禍、コロナ後の香港映画が観たいと強く思う。
香港、ウクライナ、ロシア、イラン…映画の国籍にどれほどの意味を見い出すのか。残念ではあるけれど国籍の烙印には依然として一定の意味付けが可能であるし、有効だと言わざるを得ない。近代という愚かなイデオロギー=病いは益々悪化の一途を辿る。
PTAが三位、イーストウッドは辛うじて八位に滑り込んだものの、スピルバーグが次点に泣く。ハリウッド、頑張って欲しい。心からそう思う。

皆さま(来年こそ)良いお年をお迎えください。