『窓ぎわのトットちゃん』2023，八鍬新之介
とてもよかったです。とても躍動的な動きのいっぱいある作品でした。字義通りまさしくアニメーションであり映画的運動に満ち溢れています。特に時折唐突に挿入される幻想シーンは素晴らしかったです。中でも『雨に唄えば』に捧げられた雨のシークエンスと葬儀場から学校までの道行きの秀逸さ。アニメーションにおけるスローモーションの効用も存分に体験できました。またロング・ショットもここぞという時にビシッと入れてきます。リヤカー付き自転車を走らせるところも良かったなあ。
さてと。
えっとこれって、教育映画でしょ？違いますか？別名啓蒙映画。いい教育と悪い教育があるのかな？よーわからんけど。
そもそも教育というものの目的を一言でざっくり言うならば、差別のない、より優秀で均質な兵隊の大量育成にほかなりません。全ては富国強兵殖産興業と言う大命題のためです、今も昔も。近代に成立した国民国家とはそういうものであって、例外はありません。それ以外の目的が仮にあったとしてもそれは極めて派生的で枝葉末節なものに過ぎないのです。
本作の説話構造は実に単純でかつド定番。多動っぽい症状のある「正常」から逸脱した子供でも受け入れる開明的学校での個性重視の教育システム賞賛と反軍国主義と反戦。まるで『水戸黄門』のようなお馴染み定番の勧善懲悪ストーリー。
しかし勘違いしてはいけないと思います。冒頭に述べた通り教育そのものが近代に発生した産物であり、近代国家においては昔も今も国民皆兵が原理原則であり、どれほど民主的で理想の教育を実践しようが、軍国主義に抗い、反戦を謳い抵抗しようとも、結果的に近代国家に奉仕しそのシステム強化につながるということになっていってしまう事実に変わりはないのです。これはシステム上の必然。本気で変えるのならば、誰も幸せにすることのないこの近代原理そのものを変えていかなければならない！だけどきっと誰も本気にはならないんだろうな。そうはならずにきっとこの勧善懲悪の説話構造に自閉しているだけなのだろうと思います。
結局のところ作り手の善意にもかかわらず、『福田村事件』と全く同じ構図、同じ構造の袋小路にハマっているように私には思えます。少なくともトモエ学園に通う生徒たちは明治以来の「富国強兵殖産興業」というモダニズムの波にキッチリ乗っかった成功者の子息子女であることが容易に窺われます。『福田村事件』で言えば、洋装の白いコスチュームの一群の人物たちがそれに当たります。当時のイケてる人たちですね。まさしく近代の成功者たち。私はここで階級的ヒエラルキーを問題にしているのではありません。小林先生の開明的な個性重視教育と富国強兵的モダニズムは同根だという事実を直視しましょうと申し上げているだけです。左翼リベラルの退潮は、例えば開明教育はいいけど偏差値教育はけしからんとする、口当たりのいい、いいとこ取りイデオロギーの不徹底さにあると私は強く思うのです。左翼の人たちは一部の例外を除けば、そのほとんどが本当の敵であるモダニズムに直面していません。
まあそれにしても『PERFECT DAYS』同様、自らのイデオロギーに合致するかしないかで作品の成否を分ける批評メソッドっていつまで続くんでしょうかねえ。
予告編
作品データ
※以下出典根拠映画ドットコム
監督
八鍬新之介
原作
黒柳徹子
脚本
八鍬新之介、鈴木洋介
製作
黒柳徹子
キャラクターデザイン
金子志津枝
総作画監督
金子志津枝
イメージボード
大杉宜弘、西村貴世
車輌設定
和田たくや
美術設定
矢内京子
美術監督
串田達也
色彩設計
松谷早苗
撮影監督
峰岸健太郎
編集
小島俊彦
音響監督
清水洋史
音響効果
倉橋静男、西佐知子
音楽
野見祐二
主題歌
あいみょん
制作
シンエイ動画
キャスト
大野りりあな、小栗旬、杏、滝沢カレン、役所広司
製作年/2023年
製作国/日本
配給/東宝
上映時間/114分
解説
黒柳徹子が自身の子ども時代をつづった世界的ベストセラー「窓ぎわのトットちゃん」をアニメーション映画化。
好奇心旺盛でお話好きな小学1年生のトットちゃんは、落ち着きがないことを理由に学校を退学させられてしまう。東京・自由が丘にあるトモエ学園に通うことになったトットちゃんは、恩師となる小林校長先生と出会い、子どもの自主性を大切にする自由でユニークな校風のもとでのびのびと成長していく。
主人公トットちゃん役で子役の大野りりあな、トモエ学園の校長・小林先生役で役所広司、バイオリン奏者であるトットちゃんのパパ役で小栗旬、ママ役で杏、担任の大石先生役で滝沢カレンが声の出演。「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」シリーズなどの国民的アニメを世に送り出してきたシンエイ動画がアニメーション制作を手がけ、「映画ドラえもん」シリーズの八鍬新之介が監督を務める。
