『嵐が丘』1988,吉田喜重



吉田喜重って数学的だと思う。元々が理系的なセンスの人なんじゃないのかなあ。しかも加えて案外すぐ近くの場所に小津安二郎や溝口健二がいる人なのかもしれない。

兎に角画面が美しい。立体的というよりもどこか簡潔で平板でミニマルなモダニズムを志向しているように思える。

その吉田がエミリー・ブロンテの『嵐が丘』を題材に選んだ。ここが大事なポイントのように思う。舞台は確かに日本の中世に移植されているから、また能楽的幽玄世界が表現されているから、吉田の作った古典劇のように思えなくもない。しかしこれまで私が何度も繰り返してきたように、長編小説が古代中世の叙事詩や抒情詩からの解放と異議申し立てのために誕生したことを夢夢忘れてはならない。この作品はその中世絵巻物的なクラシックめいた表層の見せかけにもかかわらず、近代長編小説を原作に映画というモダンなメソッドを用いた吉田喜重というモダニストの作った徹頭徹尾、近代で形作られたモダンな作品なのだと思う。

まずはロケの荒野が素晴らし過ぎる。この世とあの世の境界線上に出現した面積も体積も質量も伴わない、どこにでもあり、どこにもない空間。後期黒澤的というよりは、むしろパゾリーニに近いその真っ黒い火山岩的な傾斜地と時折そこはかとなく漂い流れる白い靄の佇まいが素晴らしいのです。この風景の中に立ち、歩き、躓き、馬と共に疾走する人物たちのロングショットが更に素晴らしい。

室内セットもそのセットで振る舞う俳優たちのミクロン単位ではないかと思わず唸ってしまう構図の設計とその変化の素晴らしさ。

女を描かせたら飛び抜けているのが吉田喜重なのだが、本作品でもそれは如何なく発揮されている。特に女体の背中から頸にかけてのフェティッシュなエロティシズムが画面から匂い立つ。この時の構図の緻密な繊細!しかもキャメラの動きがまるでミクロン単位で厳密に制御されているかのようだ。

必見です!

  予告編

  作品データ


※以下出典根拠映画ドットコム

監督/吉田喜重
脚本/吉田喜重
原作/エミリー・ブロンテ
企画/高丘季昭
製作/高丘季昭
プロデューサー/山口一信
撮影/林淳一郎
美術/村木与四郎
音楽/武満徹
録音/久保田幸雄
照明/島田忠昭
編集/白江隆夫
衣裳/山田玲子
助監督/中島俊彦
スチール/桑原史成
キャスト/松田優作、田中裕子、名高達男、石田えり、萩原流行、伊東景衣子、志垣太郎、今福将雄、高部知子、古尾谷雅人、三國連太郎
原題/Onimaru
製作年/1988年
製作国/日本
配給/東宝
劇場公開日/1988年5月28日
上映時間/143分

  解説


中世、ある一族に拾われた少年の数奇な愛と運命を描く。エミリ・ブロンテ原作の『嵐ヶ丘』の映画化で、脚本・監督は「人間の約束」の吉田喜重、撮影は「郷愁」の林淳一郎がそれぞれ担当。

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