光の世界
気がつくと私は白い光の中にいました。空中にいるようにも思えましたが、なにかの上・・・おそらくはベッドの上で仰臥をしているようでした。
微かなざわめきのようなものがやがて何人かの人の話し声だと知りました。
細かな作業をしているのか小さな金属音も聞こえました。音はだんだん明瞭になり、耳の機能が徐々に戻りつつあるのがわかりました。それらの音は寝ている私の回りで数人の人達が働いている音だったのです。
手術後の処置でしょう、指示をする声と受け答えをする声がともに下向きに話されていました。またたわいのない会話が流行がどうとか、どこそこはあの辺りだとか、若く幼そうな女性の笑い声をまじえて、とりとめのない内容のようでしたが、まだ私の注意力はその内容を捉えることができないようでした。
目の機能もまだ戻っていないのでしょう、やわらかな白い光のほかは何も見えませんでした。産まれていまだ目の開かない子犬や子猫の世界はこのようなものだろうかと思いました。新しい世界に希望はあふれていながら、どこかもどかしいものなのでした。
体は動きませんでしたが私はどうしてもあることをしたいと思いました。幸いにも腕が動くことがわかりました。
両手を空中で泳がせると「家族をさがしているんだろう、握ってやれ」という男性の声がしました。すぐにやわらかく温かい手が私の両手をやさしく包むように握ってくれました。そのぎこちなさと感触からその手はまだごく若い看護研修生かと思いました。
私もまたその握ってくれた手をやさしくほどくと、彼女の手のひらに人さし指でゆっくりと文字を書きました。よく気のつく子で、ゆっくり書いたひと文字ごとに、皆に聞こえるように読んでくれました
あ・・り・・が・・と・・う
みんな黙ってしまいました。でも私はうれしかったのです。
皆が私個人に対して最善を尽くしてくれているということは勿論ですが、それ以上に人が人を救うために全力を尽くしているということや、人間が愛や慈しみという捉えがたい抽象的な観念を、具体的・体系的に医学として実現して、さらに医学を仕事という日常的な価値にまで確立し、人間みずからの手で日常を聖別するという、人間がこの世界のなかで、苦しみながらも崇高な英明さを備えた存在だということが、ほんとうにうれしかったのです。
人間はこの暗い宇宙の中で輝く光のような存在だと思い、さらにこの人間の気高さを思うと、神が人間を放っておけなかったわけもよくわかると思えるのでした。そして私もこの誇りかな人間の一員なのです。私はうれしかったのです。私の中で人間は互いに愛し愛される資格があることが確信となり、見えない両の眼から一条の涙がこぼれ、こめかみを流れて耳に落ちました。
私は満ちたりてふたたび眠りに落ちてゆきました。
今日の話は昨日の続き今日の続きはまた明日