前回の書評で、吉川愛と奥田瑛二主演で連続ドラマ化が決定した「名探偵のままでいて」(宝島社文庫)を取り上げた。
ミステリー小説をこよなく愛する小学校教師の楓と、その楓に影響を与えたあらゆるミステリー作品に精通していて、“名探偵”の如く推理力抜群の元校長の祖父が主人公。祖父はレビー小体型認知症を患っていて幻視を見たりパーキンソン病特有の症状が出たりしていて介護が必要な状態になっているが、楓が事件の謎解きを依頼をするとスイッチが入り、見事な推理を披露する連作形式であった。
古今のミステリー関連の小説、映画、TVドラマが言及されていて、謎解きに唸らされながら言及されたミステリー小説に興味を持たせる工夫もなされていた。実際、第一章で言及された瀬戸川猛資の本、読んでみたいなと思ったもの。
「名探偵のままでいて」を読み終えたら、楓と祖父の次の活躍が読みたくなったので、早速、続編「名探偵じゃなくても」(宝島社文庫)を購入。勿論、フタバ図書TERAで。
本書は2023年12月に刊行。前作が同年1月刊行だったから、ワリと早いペースの続編刊行である。前作の段階から続編もやる気満々だったということだな。2025年12月17日に宝島社文庫から文庫本が刊行された。
前作と同様連作形式なのだが、祖父の元教え子で刑事の我妻という新キャラが登場して警察関係者との繋がりが出来たことで、謎解きのエビデンス部分が更に強化されたカンジであった。また「名探偵のままでいて」の時は楓視点中心でストーリーが進行していたのだが、今回の「名探偵じゃなくても」は岩田視点、四季視点、我妻視点による主役エピソードが用意されていて、趣向も少々変わった。
前作で犯罪に巻き込まれて濡れ衣を着せられる散々な目に遭った岩田の哀しくて凄まじい幼少期も描かれたが、不思議と可哀想過ぎないのは、岩田の愛すべき天然キャラがそれを凌駕しているからだろう。それにミステリー知識に関して並みなのが、非マニアの読者にとっては取っ付きやすい存在といっていい。
岩田の大学の後輩で小劇団の座長である四季も前作以上にクセの強さが発揮されていて、四季が作・演出・主演したミステリーモノのパターンを茶化しまくった「本格ミステリ殺人事件」が結構面白かった。これは映像で是非観てみたいなと思った。
ところで楓の祖父は、ただ“祖父”と表記されているだけで、本名が一切出ないところが面白い。意図的にそうしたようだが、昔「火曜サスペンス劇場」枠で緒形拳が演じた「名無しの探偵」シリーズというのがあったので、これも意識したのかな。祖父の呼び方にも注目すれば、台詞中ではおじいちゃん、まどふき先生、碑文谷(ひもんや)さんと呼ばれていて、ト書きでも楓視点では“祖父”となっているが、我妻視点では“恩師”となっている。
今回の「名探偵じゃなくても」は、映画ネタ多めなのが個人的には嬉しい。たとえば第二章「死を操る男」は“サスペンスの神様”アルフレッド・ヒッチコックの諸作品やフェチが謎解きのヒントになっていて、第三章「泣いていた男」は警察サスペンスモノ『背徳の囁き』(1989)が言及されていて、シブイ映画を持ってきたなと思った。リチャード・ギアが悪徳警官役を演じたのが印象的で、ワリと面白かった記憶がある。第四章「消えた男、現れた男」で言及されたフランスの作家セバスチアン・ジャプリゾは映画にかなり関わっていて、自作を自ら脚色してアラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンがW主演した『さらば友よ』(1968)とルネ・クレマン監督(『禁じられた遊び』『太陽がいっぱい』)とのコラボで主演のチャールズ・ブロンソンのためにあて書きしたオリジナル脚本で撮った『雨の訪問者』(1970)が有名。
ミステリーの面白さだけでなく、祖父の病状が前作よりも悪化しているところもかなりリアルに描写している。実は著者の大西マサテル自身がレビー小体型認知症を患った父を最期まで看取った経験があり、小説の設定にそれを盛り込むことで、あまり知られてないレビー小体型認知症という症状のことをもっと広く伝えたかったとのこと。
文庫本にはスピンオフ掌編「猫は銀河の中を飛ぶ」が特別収録されていた。岩田と四季が舞台の最中に紛れ込んだ猫を巡ってドタバタするハナシであった。
シリーズ完結編となる「名探偵にさよならを」を読むのは、TVドラマを観終わってからにしよう。
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