父は認知症が進んでおり施設暮らし。
一人っ子の私が喪主。
初めてのことばかりで、とにかくタスクをこなすのに必死だった3週間。
やっと少し落ち着いてきた今日。
ふと。
大きな喪失感に襲われた。
ああ、もういないんだな。
二度と会えないのか。
もう、会話することもないんだ。
その現実を突きつけられ、涙が出てくる。
母が亡くなる1年2ヶ月前。
母は父の介護と看病の心労が重なり、心が壊れた。
家族とともに遠方で暮らす私にできることは限られている。
悩んだ末、施設にお世話になることになった。
父と一緒に。
少し休んだら良くなる。
治療すれば前の母に戻る。
治れば、また父と母一緒に家で暮らせる。
とにかく今は何も考えずに、心と身体を大切にしてほしい。
そんな想いから選んだ、両親二人での施設での生活。
でも、良くはなることはなかった。
施設に入って数ヶ月で、コミュニケーションもままならなくなった。
食事量も減っていたようだった。
面会に行こうにも、感染症対策で面会禁止。
とにかくできることをと、毎日母にメールを送った。
「お母さんのことを毎日考えているよ。心配しているよ。1人じゃないよ!」
そんな気持ちが伝わってほしい。
その一心だった。
そして、ようやく面会ができると聞いた今春。
家族で会いに行った。
そこにいたのはやせ細った母。
車いすだった。
言葉を交わそうにも、ほとんど目が合わない。
声をかけてもリアクションがない。
耳が聞こえていないのか、精神的なものなのかは分からなかった。
すると突然、母は「アスパラ!」と大きな声をあげた。
隣にいた父は「何を言ってんだ、お前は」と苦笑したが、私にはわかった。
アスパラは、私が地元に帰ったら必ずリクエストしていた大好物。
地元ではちょうど、アスパラが出始める時期だった。
あぁ、こんな状態になっても、娘の好物は忘れないんだ。
元気だった頃の母、おいしい手料理をたくさんふるまってくれた母がフラッシュバックした。
涙をこらえるのに必死だった。
病気のせいか、表情が消えていた母。
しかし、別れ際に息子と握手をした時は嬉しそうに見えた。
そうだよね、初孫だもんね。
とってもとってもかわいがっていたもんね。
息子もばあばが大好きだった。
家族みんなで会えてよかった、そう思った。
それから1ヶ月が過ぎた頃、父が電話をくれた。
いつものように昔話で盛り上がった後、珍しく母が電話を代わった。
「この前は、お菓子ありがとうね。高いのに。おいしかった。」
覚えてくれてたんだ。
お土産で渡したお菓子。
母も食べてくれていたんだ。
久しぶりに母と会話ができた嬉しさで、母の妹である叔母に電話をした。
2人で「少しずつでも良くなっているのかもね」そう喜び合った。
母が救急車で運ばれたのは、その約1週間後。
その時には、もう、意識はなかった。
だから、母と最期に会話をしたのは、その電話。
あの時、施設では夕食が始まっている時間だった。
だから、「ご飯、いっぱい食べてね」そう言って、急いで電話を切った。
こうなるのなら、施設に気を遣うことなんてなかった。
もっと話していればよかった。
母に話したいこと、いっぱいあったはずなのに。
最期に聞いた母の声が耳に残る。
寂しそうだったな。
順番通りにいけば、誰にだって平等に訪れる親の死。
覚悟はしていた。
帰省すれば「あと何回両親と会えるのだろう」と考えていたし、
年齢的に言えば母は81歳だったから、決して早いという訳でもないだろう。
でも、思っていた別れではなかった。
母が亡くなる前の1年2ヶ月間は、まともに会話ができなかったから。
教えてほしいこともいっぱいあった。
伝えたいこともいっぱいあった。
もっと、もっと、話したかった。
ただただ一緒に笑いたかった。
寂しい。
哀しい。
母がいなくなってしまって、帰る場所がなくなってしまった。
心の拠り所がなくなってしまった。
心の準備もできないまま。
会えなくても、会話ができていなくても、そこに生きてくれているだけで、チカラをもらっていたのに。
「母」という大きくて優しくてあたたかい存在。
それが、私を支えてくれていたのに。
突然、なくなってしまった。
心細くてたまらない。
ふとした瞬間に母を思い出す。
そして、涙が出る。
家族の前ではいつも通りのつもり。
家事をして仕事をして笑って怒って、いつも通りの私。
でも本当は。
気持ちの整理なんて、全然できていない。
数えきれないほどある後悔を吐き出したい。
まだまだ、泣きたい。
誰の目も気にせずに、気が済むまで思いっきり泣き続けたい。
お母さん、会いたいよ。
もう一度、会いたい。
そして、伝えたい。
私は、あなたの娘で幸せだったよ。
最高のお母さんだったよ。
世界一のお母さんだったよ。
心配ばかりかけて、ごめんね。
お母さん、大好きだよ。
今までもこれからも、大好きだよ。
生まれてから今まで、ずっとずっとずっと、ありがとう。
伝えられなかった言葉。
伝えたかった言葉。
どうか、母に届きますように。