まだ伯母が健在だった頃の話です。

 

 伯母はわがままな人でした。

 どうやら虚言癖もあったようで、

「今日はヨシコが来るから、絶対に騙されんようにしようと思っとったのに、また騙された!」

 と、祖母がよく言っていたそうです。

 

 一方で、経済的に困っていたわが家を助けてくれたのも伯母でした。

 父が家を建てたのと、オイルショックとが同じ時期で、伯母がお金を貸してくれなければ、当時の父の給料だけでは、とても家のローンなんて払えなかったようです。

 

 

 そういう意味では、伯母に感謝しています。

 ただ、虚言癖のある伯母です。

 私の母に、何かあったときに面倒を見てもらえるよう、

「300万円あげた」

 と、母以外の兄弟に話していたそうです。

 

 それを聞いた東京の伯母は、

「(私の母が)ヨシコのことを粗末に扱うようなら黙ってはおらん!」

 などと憤慨していたそうです。

 

 もちろん、そんなお金は受け取っていません。

 そんな話を伯母がしている、ということさえ、何年もたってから発覚したことです。

 

 

 お金なんかもらっていないけど、それでも伯母には恩があるので、1人暮らしができなくなった伯母の面倒は見ました。

 養護老人ホームへ入れる手続きや、月に1度の面会、熱を出して入院したときの洗濯物など、母にはできないので、代わりに私がやりました。

 

 他の兄弟は知らんぷりです。

「あんなもんの面倒なんか見る必要はない。

 ほかっとけばいいんだ」

 などと言っていました。

 

 

 ただ1人、末っ子に当たる叔父も、やんちゃしていた頃に、伯母にはいろいろ助けてもらったそうです。

 なので、月に1度は面会に来て、伯母を連れてお昼ごはんに連れて行ってあげていました。

 

 たまたま、伯母が入所した養護老人ホームは、叔父の家からは車で1時間近くかかる場所でした。

 私の家からは30分ほどです。

 叔父には土地勘がないので、伯母を連れて行くお店はどこがいいだろうかと、私に訊くことがありました。

 

 残念なことに、わが家の近所は、近隣の市の中では一番、食事をするお店に恵まれていません。

 有名な和食の店は何店かあるので、それを教えてあげることしかできませんでした。

 

 そのうちの1つのお店へ伯母を連れて行き、鰻丼を頼んだところ、

「前の日に炊いたとしか思えない、硬くてまずい米だった」

 のだそうです。

 それでぐちぐちと文句を言われました。

 

 叔父は、若い頃にはやんちゃしていたので、警察のお世話にもなっていたそうです。

 そのため、お給料のたくさんもらえるような会社には入れず、生活レベルもあまり高い方ではありません。

 伯母は、私の母に「300万あげた」などと嘘は言いましたが、タンス預金はそれなりにしていました。

 なので、叔父が伯母を外食に連れて行くのも、伯母のお金で行くのです。

 

 伯母のお金で鰻丼を食べに行って、それで、

「あの店は何だ」

 って、私に文句を言われても困ります。

 

 母の兄弟の中では、一番好きだった叔父ですが、このときばかりはちょっとだけうんざりしました。