横から出てきやがる
右折のウインカーを出しながら、直進する
停車中の車
ウインカーを出さずに発進する
左側のブレーキランプが切れている
日本郵便の配達車だった!!!
一時停止無視ですか(女性運転者)
一時停止無視ですか(患者返送者)
一時停止違反を取り締まり中
招き猫のはじまり(江戸時代)
最も有名なのは、江戸時代の寺にまつわる話です。
▶ 豪徳寺 の伝説
江戸時代、世田谷は、彦根藩の領地でした
明治初期の世田谷は、彦根がある長浜県の飛地だった
2代目藩主井伊直孝(1590-1659)が鷹狩の時、
住職の愛猫「たま」により雷雨を避けた伝説
幸運を招く「招き猫」の元祖とされている(諸説あり)
家内安全、商売繁盛、心願成就を願うとされている
👉 その恩から寺は栄え、猫は「福を招く存在」とされた
井伊直孝の戒名から「豪徳寺」となった
豪徳寺の招き猫は、「招福猫児」と呼ばれ、
小判を抱いていないのは招き入れるためとされる
様々な門や殿に招福猫児(まねぎねこ)を見つけることができます
「新編武蔵風土記稿」や「江戸名所図会」などの書物には
「豪徳寺」の項目に、猫や招き猫、招福猫児の文字はない
豪徳寺の招き猫は、いつから始まったのかが疑問で
東急世田谷線開通時(大正14年)に
観光客を集めるために作られたという伝説があるが
世田谷で焼き物があった話は何処にもないし、発掘もない
常滑で招き猫が作られるようになったのは1930年代後半で
豪徳寺の逸話を契機に、
「猫が手招きをして幸運を呼び込む」という信仰は全国に広まる
江戸後期から明治にかけて、
陶器で作られた招き猫が市中で販売されるようになり、
庶民の間で親しまれる存在となります
1600年代では、陶器で作られている物証はなく
近隣でも焼き物のある地域がありません
従って、豪徳寺の招き猫は早くても江戸後期である
大河ドラマ「直虎」で井伊家が注目されて、
井伊家の菩提寺だった豪徳寺がフォーカスされて
観光客が増えたとか招き猫の話が知られるようになった
海外のガイドブックから観光客も多くなった
現在での豪徳寺の招き猫は、
500円~7000円で販売されています
1年間自宅に置いて、1年後に招福殿に奉納して
新しい「招福猫児」を購入するようです
彦根藩の領地だったので、豪徳寺の招き猫が
「ひこにゃん」になった