色々と難ありの我が限界築古中古マンションだが、さらに様々な問題が発生している。少し前には住み込みの実質管理人が入院した上、謎の実力者A氏が大暴走、管理組合理事長が体調を崩す事態になっている。
そのことについて書こうと思っていたら昨夜、緊急事態が発生した。廊下をはさんだお向かいさん、つまり猫屋敷の住人が救急搬送されたのである。
もともと宵っ張りの私、昨夜は特に眠れずに起き上がってウロウロしていたら、廊下で深夜にはありえない人の声がする。玄関の穴から覗いてみたら、救急隊員が数名いた。
何か困っている様子だったので戸を開けてみたら、「ここかな」などと言っている。しかも戸の前に猫がいて動かないので、戸惑っている様子である。
そこで私は、お向かいさんの飼い猫である旨を告げ、ついでに、「開けたら猛烈な糞尿臭がしますから、気をつけてください」と言っておいた。考えたら、ああいう時に言うことではなかったかもしれない。
そして、糞尿臭を避けるべく戸を閉めた私は、穴から作業を見守ったというか、覗いた。救急隊員がインターホンを鳴らすとすぐに戸が開き、息子が出てきて「土足のままでいいですから、入ってください」と言っている。
やがて中に入った隊員が、お父さんを抱えてきた。お父さんはもう動くこともできない様子だ。戸は大きく開け放たれ、隊員たちはテキパキと作業していく。血圧を測り、体温を測った。
熱がある。隊員は息子に、コロナワクチンを接種したかどうか聞く。「していない」と言う。ぎょえっ! どうしてしていないのよ。もう副反応も出ない歳なのに。まぁ、もはやしてもしなくても同じか。
隊員は続いて、「いつから具合が悪くなったのか」と聞く。息子の返事は要領を得ない。私はたまらず戸を開けた。いや、開けようとした。しかし、担架が引っかかって開かない。二回やっても開かなかった。
そこで迷惑かと思って一度は諦めたものの、息子の返事は相変わらず曖昧だ。事態を把握していない。そこで私は戸を数センチだけ開け、「昼間、ぜいぜいしながら歩いていました」と告げた。
実は昼間、私はお父さんが苦しそうに息を切らしながら歩いているのを見たのである。私が思わず戸を開けて見るぐらいの、大きく苦しげな声だった。今思えば、あの時に声をかけておけば良かったのかもしれない。
だが何しろ90歳近くて、対話もあまり成り立たないのである。だから遠慮した。しかし、ああいう時は遠慮してはいけないのだ。今度のことで学んだ。
最終的に息子は、父親が「朝からぜいぜい言っていた」と話した。だったら、何らかの対応をすべきだったのではないか。しかし、息子は朝早くから仕事があり、そもそも高齢の両親はいつもどこか体の具合が悪い。
同居していても、中年の息子というのはああいうものなのだろう。高齢化社会で頼りになるのは娘だ。とはいえ、娘もそうそう頼りにされたら困る。年中頼られて、困っている娘も多い。
とにかく、お父さんは搬送されていった。天真爛漫で耳が遠く、いつも大声で話しているお母さんは、お父さんが裸足であることが気になるらしく、大声で「スリッパ、スリッパ」と叫部。
その声がマンション中に響きわたった。我が築古おんぼろマンションは、なぜか音響効果だけは抜群にいいのである。廊下でコンサートそ開きたいぐらいだ。
その間、約30分。糞尿臭が、すきまテープを張りめぐらしたうちの玄関に入ってきた。しかし、その中で表情一つ変えずに救命に当たる隊員たちの姿に、私は頭が下がった。人助けをする人たちは素晴らしい。
やがて、救急車のサイレンで起きたという娘ともども、私も布団に入った。一夜開けて娘は、お父さんが入院してお母さんが元気をなくしていないか気にしていたが、心配ご無用。今朝もお母さんは、元気に大声で猫を呼んでいる。
お向かいさんは迷惑だが、仲のいい夫婦だ。大人しく律儀な夫と、天真爛漫な妻という組み合わせ。毎日二人で散歩している。駅前のドトールに現れると、店内の人全てが振り返るような大声で話し、いつもソフトクリームを食べている。
聞くところのよると、肺に水が溜まっていたそうだ。苦しかっただろう。私もこうなると、夜中に呪ったことを少し後悔している。人生の先輩に対する態度ではなかった。
しかしもう、今までのような暮らし方は無理なのではないか。これを契機に、においをめぐる事態が少し改善されることを密かに祈っている。
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