宗左近を読む

―『女性文化管見』によせて―

塩谷千恵子

 

宗左近(19192006)は、詩人・評論家・仏文学者である。多面的な創作活動は、1950年代から晩年まで半世紀にわたって継続し、著作は100冊以上に及ぶ。


その人となりは、一見おだやかなもの言いをする温厚な詩人である。動じないそのさまは、長年知る人にあっても「いつまでたっても、私に見えるのは、おだやかなほほえみを浮かべた顔だけであり、私にきこえるのは、あのいくらかかん高い、多少鼻にかかった声だけ」(1)、またある人は「なにもかも呑み込んで眉ひとつ動かさないところ」を、内部の見えない「不気味な底なし沼」に喩え、その沼から氏の作品の登場する「妖怪変化が躍り出てくる」と想像をめぐらす(2)


しかしこうした氏が、思いがけず変貌する瞬間がある。「それまで柔和な表情で歓談していた彼が、突然、何ものかに撃たれたようにキリリッとひきしまり、パネルに相対したのには驚かされた。じっと写真に見入っている彼の大きな体からは、まるで放電現象を起こしているかのように、パチパチ弾けてくるものがあった(中略)恐怖に近い感銘を受けた」(3)


ここに平素をうちやぶって、創作活動に入る宗左近の姿がある。


 宗左近は1989年から昭和女子大学で教鞭をとり、また女性文化研究所の所員でもあった。当時女性文化研究所職員であった私は、氏の著書の編集を担当した経験がある。研究所主催の公開講座と研究会で行った三つの講演、「元始、女性は太陽であったか」「女性が現代俳句を豊かにする」「日本神話の女性」を収録している。講演のテープ起こしをしながら、氏のゆったりとした語りのリズムを愉しみ、文字化にあたって一文字も無駄のないことに驚いた。本書は『女性文化管見』と題して、A5判、104頁、19937月に「女性文化研究叢書第二集」として、昭和女子大学女性文化研究所から発行された。


 本書について氏は、タイトルに「管見」を用いたように、「女性文化」論としては不十分な「エッセイ」であるからと、配布先の指示もわずかで、著作目録にも入っていない。しかし本書は、当時の女性文化研究所のテーマ「女性視点とは何か」を踏まえた、氏の著作の中では異色の「女性論」であり、創作活動の中期から晩期の特徴を反映していると思われるので以下紹介したい。


 三講演ともタイトルに「女性」が冠されている。これは、第二波フェミニズム運動が学問領域において女性学として登場した時流にも氏が目配りをしており、自らの領域に引き込みながら論じているからである。氏は詩人として出発したが、詩以外にも日本の和歌や俳句に関心を寄せ、歴史的には縄文時代に注目している。本書の内容は、巻頭と三番目の講演が『万葉集』や『古事記』『日本書紀』に登場する古代の女性について語るが、特筆したいのは二番目の「女性が現代俳句を豊かにする」である。俳句を芸術の域に高めたのは松尾芭蕉で、近代に入ると正岡子規が口語俳句を提唱、その跡を受けた高浜虚子(1874-1959)は明治から昭和にかけて句界に君臨した。虚子は門人の女性に対しては、女は家にいて身のまわりのささいな事を詠む「台所俳句」を奨励した。こうして門下から女流俳人が生まれたが、その中に虚子から破門されて悲劇的な晩年を送った杉田久女(18901946)がいる。久女について虚子は「性格異常」と断定し、俳壇関係者に事実として受け入れられ、松本清張の『菊枕』をはじめとする小説の題材にもなった。こうして歪められた久女像に対する偏見を取り除き、その人生を洗い直して女流俳人として掘り起こしたのが田辺聖子で、評伝(4)1987年に女流文学賞を受賞した。


 宗左近はこうした俳句界について、主流は男性であり、「女性の作品は依然として受け身な、愛の小宇宙にすぎない。女性ならではの感情、思念、祈りを表現する女性俳句の世界を今こそ打ち立ててほしい」としながらも、久女の次句を特にとりあげる。


(こだま)して山ほととぎすほしいまゝ

この句について「山ほととぎすが、山いっぱいにその声をこだませながら、鳴きしきっている(中略)、それをそのまま大きく強く描いている」と注釈し、「男性がかなわないくらいの立派な作品で、特に聴覚で世界を捉えている面が並みの才能ではない」と高く評価している。そこには作者の人物像や「女流」といった性別をとりはらい、作品そのものに迫る宗左近の批評眼がある。


作者の地位・肩書・名誉といった社会的なもろもろは時間の経過とともに薄れ、ときに作者が誰であるかわからなくなっても、作品の価値を見出す人によって、文学作品は後世に残る。ある人はこれを「時の審判」と言った。

次に『女性文化管見』を、宗左近の創作活動全般の中で眺めてみよう。


 

  1. 粟津則雄「宗左近について」『宗左近詩集』新潮社1977
  2. 渋沢孝輔「左近詩管見」『宗左近詩集』新潮社1977
  3. 渋沢孝輔「宗左近管見」『宗左近詩集』新潮社1977
  4. 田辺聖子『花衣ぬぐやまつわる…わが愛の杉田久女』集英社1987