著名な発達心理学者であった米国人のエリク・エリクソンによれば、人の心理社会的発達は、生まれた直後の乳児期から8つの発達段階を経て、漸成的に完成されていきます。今回は、乳児期の次の発達段階である、生後18カ月位から3歳位までの、幼児前期における心理社会的発達の意義と、この時期に関連する心の病気、そして、エリクソンの理論を元に、幼児前期の育児のヒントも詳しく解説していきます。

 

幼児前期の主要な発達課題はトイレ訓練をクリアする事

もしも、トイレ訓練に何かしら、つまずいてしまうと、強迫性パーソナリティ障害強迫性障害衝動制御障害、そして妄想性障害などの芽を作ってしまう可能性もあります。

 

人は生まれた時は小さな赤ちゃんですが、すぐに心身の成長が始まり、月日を重ねるうちに最終的には成熟した大人へと、心理社会的発達を遂げていきます。

人生の折々には、重大なイベントがあります。例えば、小学校入学というイベントでは初めての学校生活がスタートするわけで、これらは人生の節目もいえるでしょう。

 

実は、こうした人生の節目節目をいかに順調に乗り切れるかどうかが、心の健康には大変重要なのです。今回は、著名な発達心理学者であった米国人のエリク・エリクソン(1902~1994)が提唱した、人の心理社会的発達に関する理論のテーマをご紹介します。

 

人はその人生のライフサイクルで、いかなる発達課題をこなすことになっているのでしょうか?また、そこで一旦つまづいてしまった場合、その後にどのような心の病気になりやすいのでしょうか?今回は乳児期の次の段階である幼児前期を重点的に解説していきます。

 

幼児前期における心理社会的発達の意義

今回、取り上げる幼児前期は、時期的には生後18カ月位から3歳位まで。エリクソンが提唱した、人の心理社会的発達における8つの発達段階のうちの第2段階になります。この時期に対応する2つの心理的側面は、「自律性」とそれに対する「恥・疑惑」となっています。

幼児前期における幼児の特徴的な行動の一つは、いわゆるハイハイ。幼児には大人では考えられないようなエネルギーがあるようで、幼児は実にエネルギッシュに自分の身の周りを動き回ることで、自分が生まれてきた世界を探ります。

 

この時期における幼児の最大の課題は、何と言ってもトイレ訓練です。実際、お子様のトイレ訓練に頭を痛めていらっしゃる親御さんは、決して少なくないものです。

食べた物をしかるべき場所で、しかるべきマナーで排泄するという行為は、幼児にとっては一大事。幼児が、このトイレ訓練の時期を無事クリアーし、排泄の欲求を上手にコントロール出来るようになるということは、実は自分を律する自律性を身に付ける、人生で最初の機会になります。

 

エリクソンによれば、この自律性を獲得する事が、この時期における幼児の主要な発達課題! もしも、幼児がこのトイレ訓練の時期に何かしら、つまづいてしまうと、以後の人生で「恥、疑惑」といった、もう一方の心理的側面が強まる傾向があり、場合によってはそれが心の病気のルーツになってしまう可能性もある、というのがエリクソンの理論です。

 

幼児前期に関連する心の病気

幼児前期である生後18カ月位から生後3歳位までに、ルーツがある代表的な心の病気は、エリクソンの理論によれば、強迫性パーソナリティ障害強迫性障害衝動制御障害、そして妄想性障害の4つです。

強迫性パーソナリティ障害とは、その名の通り、パーソナリティ障害の一つ。その特徴的なパーソナリティは、いわゆる完璧主義者で、時間は必ず守るような人、そして大変な倹約家である事が多いです。

 

もしも、こうした傾向に不合理性が増した結果、強迫観念や強迫行為が顕著になってきた場合が強迫性障害です。エリクソンによれば、強迫性パーソナリティ障害や強迫性障害のルーツは、幼児前期における親御さんの厳しすぎるトイレ訓練にあるとしています。

また、怒りの衝動を抑えにくいなど、衝動性のコントロールに問題があることで、日常生活に大きな支障が出ている事が特徴的な、衝動制御障害はエリクソンによれば、このトイレ訓練の時期に、排泄の欲求を充分コントロールできていなかったことに、そのルーツがあるとされています。

さらに、妄想性障害でよく見られる症状である被害妄想は、幼児前期の発達課題につまずくことで、この時期に対応する心理的側面のうちの「疑惑」が強まり、物事を疑いやすくなってしまったためです。

 

さらに、乳児期にも何かしらつまずきがあった場合、他人を信頼できにくい傾向が、物事を疑いやすい傾向に重なったために起きる、とエリクソンの理論では説明できます。

 

幼児前期の子育てへのヒント

人の心理社会的発達の第2段階の内容を元に、幼児前期の子育てのヒントをまとめてみます。まず、この時期に幼児を持つ親御さんは、幼児前期の発達課題は、いったい何であるかを是非、頭に置いて頂きたいものです。

 

幼児がトイレ訓練を通じて、排泄の欲求を充分コントロールできるようになるということは、自分を律する自律性を身に付ける人生で最初の機会になります。親御さんは、幼児がトイレ訓練を通じて、人生における自律性を獲得しつつあるということは、是非、認識しておいて下さい。

次に具体的な育児のポイントですが、厳しすぎるトイレ訓練はNG。幼児の心に強迫性パーソナリティ障害や強迫性障害の芽を作ってしまう可能性もあります。反対に、いい加減過ぎるトイレ訓練もやはりよくありません。

 

トイレ訓練の時期に、排泄の衝動をコントロールすることを充分にマスターできなかった場合、後々の人生で自分の衝動を、充分コントロールできないことにつながる可能性もあります。

 

トイレ訓練は厳し過ぎない、いい加減過ぎない、適正なレベルである事が肝要!

ここで是非、注意して頂きたい事は、ご自分では全く適正レベルのしつけだと思われていても、世間一般では、厳しすぎると思わるレベルになってしまっているケースも時にあるということです。

 

よそのしつけについて聞いたりするのは、ご自分のしつけが行き過ぎていないかを判断する良い材料です。是非、ママ友達などを通じて積極的に育児の情報交換をしてみましょう。

最後に、幼児を育児中の方も、そうでない方も、ご自分のトイレ訓練の頃の話を今まで親御さんから聞いたことはありませんか?

 

 物心が付く前の出来事は、あまり親子の話題には上らないかもしれませんが、もしもあなたが完璧主義者で、時間に几帳面で、さらに他人からは「ケチ!」などとののしられることがあるようなら、強迫性パーソナリテイ的な傾向があると考えられます。

 

その原因として、親御さんのトイレ訓練が厳し過ぎた可能性もあるかもしれません。大人になってしまった現時点では、自身のその傾向が対人関係に影響しているのかも。

 

例えば自分に対する相手の不満が、自分が知らないうちに高まっている…といったように、何かしら問題が生じやすい傾向を持っているかも知れないということは、少し気を付けて考えてみてもよいかも知れません。