うつ病など、心の病気が予防できる時代は、一般にまだ遠い未来のように思われるでしょう。しかし、その知見は近年積みあがってきていて、それほど遠くない未来に実現できる可能性があります。心の病気の発症に共通して影響する要素はあるのか、予防に関する現状について詳しく解説していきます。

 

精神医療の発展……「心の病気」は予防できるの?

 

薬物療法や社会精神療法など、心の病気の治療法は近年、目覚ましいと言えるほど進歩してきました。心の病気の予防に関しても、様々な知見が積み上げられています。

 

抗うつ薬や抗精神病薬など、心の病気の治療薬が本格的に臨床の場で用いられるようになったのは戦後になってからです。

 

世代をへるごとに、一般に副作用は軽減し、治療効果はより高くなっています。また、認知行動療法など心理療法も精神症状の改善に役立つようになりました。

こうした治療の進歩を通じて、多くの患者さんは病気から回復し、高いレベルで生活されています。

 

精神医療がこのように大きく発展するなかで、現在では病気の予防に関しても活発に研究が行われています。心の病気の予防について、詳しく解説していきます。

 

「心の病気」の発症には、生物学的要因と社会環境的要因が重要

 

うつ病や統合失調症など、心の病気を予防するためには、まず病気の発症リスクを見極めるための知見が必要です。

 

そして、発症リスクが高い場合には、どのような対処が発症リスクを下げるのかについて、予め把握しておく必要があります。

 

心の病気の発症リスクは、生物学的要因社会環境的要因などがどれ程当人に備わっているかを分析することである程度分かります。 

心の病気は脳内の医学的な問題が原因で起こる病気ですが、その発症要因は複雑です。生物学的な要因が大きいのですが、そのほかストレスの強い日常やショッキングな出来事など、心理的あるいは社会環境的な要因なども重要な発症要因です。

 

例えば、幼少時に両親が亡くなるといった辛い体験は、のちにうつ病など心の病気の発症につながり得る重要なリスク要因の1つになるのです。

生物学的要因はDNAで定まる、いわば体の構造です。例えば、うつ病ではセロトニンなどの脳内神経伝達物質の働きに問題が起きていることが分かっています。

 

それに関与する脳内のセロトニン受容体の構造といったものは、基本的に遺伝子レベルで決まります。

 

こうした生物学的要因の強弱は、近親者にその病気の方が多くないかといった情報から、ある程度間接的に把握できるのです。

 

こうした複数の要因が積み重なることで、心の病気は一般に発症します。

 

一般的に「心の病気」の予防には、薬物療法が適用されます

 

現在、精神疾患に対する治療は薬物療法社会精神療法(psychosocial treatment)の2つが大きな柱となっています。

 

一般的な手順は、心の病気の発症リスクの高い人に対して、薬物療法あるいは社会精神療法、もしくは両者を組み合わせることで病気の発症を減らすように努めるというものです。

心の病気の予防は、病気の再発を防止する際の対策と類似しています。

 

予防時の薬物療法は、脳内に医学的問題が生じないように、あるいは現在の状態をそれ以上に悪化させないことが主な目的です。

 

一方、病気の発症につながりやすい心理的問題などに対しては社会精神療法で対処します。

たとえば、うつ病の発症リスクが高い人に対する予防法としては、抗うつ薬で脳内機能が悪化しないことを目的に治療を行います。

 

また、抑うつ症状につながりやすい心理的問題があれば、認知行動療法などで対応します。

 

現時点で「心の病気」は予防できるの? 研究成果と今後の展望

 

1.

心の病気の予防に関する研究として、米国のヴァンダービルト大学での研究を紹介します。2009年、代表的な医学雑誌のひとつであるJAMAに掲載された研究で、うつ病のリスクが高い人(うつ病を発症した親を持つ人)のグループに対し、認知行動療法を行ったところ、うつ病発症率が低下したと報告しています(英文タイトル:Prevention of Depression in At-Risk Adolescents A Randomized Controlled Trial )。

 

2.

脳梗塞のあとには、しばしばうつ病を伴うことがありますが、脳梗塞の患者さんに低量の抗うつ薬と心理療法を組み合わせることで、うつ病の発症率が減少したという報告もあります。

 

3.

さらには、米国のコロラド大学でも、精神医学的に興味深い研究が行われました。この研究は、生活環境などから児童虐待や飲酒問題のリスクが相対的に高いと判断された女性のグループに対して、妊娠中から約2年間、看護師さんが定期的に個別訪問して精神科的なサポートをするというものです。この精神的サポートにより、虐待や飲酒問題のリスクを実際に減らすことができたそうです。

 

4.

心の病気のリスクを見分ける指標としては、血液検査ですぐ分かるような生物学的な指標も模索されています。たとえば、サイトカインと呼ばれる物質は体内に生じる炎症のレベルをある程度あらわします。うつ病の患者さんの一部では、この物質が増加しています。こうした物質は、うつ病のリスクを見極める際、その生物学的な指標になる可能性が示唆されています。


今回は心の病気の予防に関する基礎的な内容を詳しく解説しました。紹介した例の中で、看護師さんとの「心のつながり」が、深刻な生活環境における問題行動のリスクを減少させたように、心の病気を予防する手段には、私たちが日頃から心の病気を遠ざけるために取り入れておくべき方法も含まれています。

また、抑うつ症状につながりやすいネガティブな思考でも、認知行動療法によりうつ病の発症率を下げることができるといったことも、心の病気を予防するライフスタイルを見出すためにぜひ参考にして頂きたい内容です。