○良い自分と悪い自分
境界例の方は、良い自分と悪い自分を分けています。
良い自分は多くの人たちに愛される人間であり、悪い自分は、多くの人たちに見捨てられる人間というように、本人の仲では完全に分裂している。
自分には、良い面と悪い面があるというようには受け取ることができず、良い自分だけで生きようとします。
両親や周囲の人間の期待を裏切らないためにも、大人しい良い子でいようと必死に努力します。
悪いところを持った自分を周囲の人が愛してくれるとは決して考えません。
「良い子でなくては愛されない。良い子でなくては見捨てられる。」と思いながら、良い自分であり続けようとします。
しかし、良い子であり続けることができず、人間関係が複雑になる思春期頃になると、良い子であり続けることが だんだんと困難になってきます。
それでも良い子であり続けようとする境界例の方は自分の悪い部分を切り離し、不都合な点は他人に押し付けることによって問題を乗り切ろうとします。
悪い部分を完全に切り離している境界例の方は、その部分を他人に指摘されても理解することはできません。
悪い部分を持った自分など存在しないのです。
悪い部分の指摘を続ける事は結局のところ、激しい言い争いを招くことになり
「悪いのは自分ではなくあの人のせいだ」
というように、自分自身の悪い部分を他人に転換し、この意見を受け入れるまで爆発的な感情は収まりません。
境界例の方にとって悪い人は自分自身の悪い部分を持った人間であるわけですから、とうてい受けいれることはできない。
結果、悪い自分から逃げる(悪い自分を切り離す)ためにも、その人に対する攻撃が始まります。
例)
朝のお母さんは、良い人などで、境界例の方の良い面しかでない。
しかし、昼にささいなことで口論になったりすると自分の悪い部分を受け入れることができない境界例の方はお母さんのせいにします。
悪い人にされたお母さんは、批判、中傷などの暴言を受け、時には暴力さえ振るわれる場合があります。
一日に、境界例の方の態度が何度も移り変わるので、周りの人間にとっては、戸惑いとなすすべの無さだけが残ることになります。