現代社会は恋愛のようなものをしやすくなった社会だと思う。
少なくとも男女の出会いはアプリによって劇的に環境が変わった。
アプリによる出会いは男女ともに危険がつきもので否定意見が多いが、私のように恋愛に積極的でない者にとっては非常にありがたいサービスだ。
通常、男女の交際は出合いの場があって、徐々に親しくなり、デートを何回か行って交際に至るという流れだろう。
アプリはその「出会い」と「徐々に親しくなる」の工程を省いていきなりデートができる。
非常に効率的な恋愛・結婚活動だと思う。
私の場合、恋愛に興味が薄いため男性と出会える場やそういったシチュエーションを好まないのでアプリのようなものがないと死ぬまで男性と出会えない。
学校や職場という環境があるが、私は生活に関わる場所にいる男性と恋愛を望まない傾向にあり、そこは出合いの場たり得ない。
そして一番の問題があまり男性と関わりたがらないという性格だ。徐々に親しくなるということもできない。
大学生の頃は結構サークルメンバーの男性と仲良くつるんだりもしたが、私の人生で男性と親しく交流したのはそこだけで、あとは学校でも職場でも基本的に女性だけで固まり女性とだけ交流してきた。
男嫌いというわけではなく、なんとなく苦手意識があるのだ。
このなんとなくの苦手意識がどこで生まれたのか私の人生を振り返っても原因がわからない。
ただ、男性と恋愛の関係になりたくない、兄弟のような仲の良さになりたいという願望だけは若いころからずっと会ったと思う。
人間の恋愛という行為は動物でいうと繁殖行動であり、オスはメスにアピールしてメスはオスを吟味するというのがスタンダードな形式だ。
人間はさらにそこに女性も吟味される傾向があるので、男女双方に魅力をアピールして異性の注目を浴びようとする。
おそらく私はこの行為に抵抗があるのだと思う。
男女の関係に恋愛が絡めば、私は自らの美しさを気にして着飾ったりしなければならない。
また相手の男性が恋愛するに相応しいスペックか値踏みしなければならない。
その行為が本当に気持ち悪くていやだ。
例えば目の前にアニメや漫画に詳しい男がいる。男は愉快な性格だが不細工で定収入だとする。
男は今期のアニメは全部網羅しているしこれからアニメ化しそうな漫画にも精通している。
彼は話題の漫画はたいてい持っているから私はそれを借り、読んだ感想や考察を言い合ってファミレスで2時間も3時間も一緒にいられるかもしれない。
コミケといった漫画のイベントにも詳しければ遊びに行ったりもするかもしれない。
私がこの男と人間関係を持ったことで新しい楽しみが生まれ、私の人生は彩られる。
だがここに「恋愛」という夾雑物が入り込むと、私は「漫画アニメに詳しい愉快な性格の男」という視点が抜け落ち、「不細工で定収入の男」という点でしか男を判断できなくなるのだ。
私はこの不細工な男に近づいて欲しくないし話しかけてほしくもない。
恋愛的に魅力がないのだから話す価値すらない。
そうして私の人生から彩りの可能性が一つ失われるのだ。
それが私が恋愛を嫌がる原因の一つなのかもしれない。
恋愛は特殊な人間関係であり、「人間関係のごく一部」に過ぎない。
にも関わらず恋愛はすべての人間関係の上位に居座りがちであり、いったんそのお眼鏡にかなわなければ異性の誰とも人間関係を行えなくなってしまうのだ。
私も学生の時代、そこそこ告白されたしそこそこデートはしていた。
いずれも私の恋愛苦手意識のせいで発展しなかったが……
社会人になってからは出合いの機会が減ったのでアプリを始めた。
そこで気づいたのが、ここでは男性と恋愛関係しかできないということだ。(当たり前だ)
男性の出会いの基準も次にまた会うかの基準も全て恋愛という物差しでしか行えない
アプリで相手の最終学歴と年収と年齢を叩き込み、検索して出てきた人の顔写真を見て最低限の容姿を判断する。
この過程でいったいどれだけ多くの面白い男が抜け落ちてしまっただろう。
恋愛結婚スペックだけ高い男ととりあえず出会いまくり、デートしまくり、キスだのなんだのしてお付き合いを始める。
相手の男の「人間」のどこにも興味を見いだせないのに。
謎に運がいいことに、恋愛結婚スペックの高い男性とよくお付き合いをすることができた。
最終学歴4年生大学卒で年収は20代時点で400万以上、正社員。高身長でスタイルもよく頭も顔もいい。
さすがに上レベルの男性には会えなかったが、中の上の男性が非常に多かったと思う。
私が彼らを選ぶ理由は非常によくわかるが、彼らが私を選ぶ理由が全くわからなかった。
もちろん自然と連絡が途絶える男性も多かったが、関係の継続を望む男性も多かった。
なぜ?
私は残念ながらよくて中の中の女であり、自己評価がそうなのだから実際は中の下くらいだろう。
上記のスペックの男性たちが必死になる必要性が皆無の女だ。
なのにアプリ恋活・アプリ婚活の場では謎に男性たちが必死だった。
冷静に考えてほしい、あなたのスペックで夢中になるような女だろうか?
なんだかそういうのをグルグルと考えてしまい、恋愛という場は判断を狂わせると気づいた。
魅力のない人間に誰もが夢中になる。
こんな頭のおかしい世界に身をおきたくない。
早く解放されたい。
その一心で結局私は「生涯独身」を選択したのだ。
昨年までの私は、アプリで知り合ったこれまた身分不相応な高スペック男性と付き合っており、結婚目前までいった。
だが私はその男性を最後まで「結婚するに申し分ない男」としか見れなかったし、それ以上の魅力を見いだせなかった。
もちろん愛してもいなかった。
愛していると思っていたがやはり愛していなかった。
4年近くつきあったのだから愛が芽生えているはずだと思った。
芽生えてなかった。
この興味のない男性と老いるまで一緒に暮らし、介護ができるだろうかと考えたらぞっとしてしまったのだ。
それに彼にはもっと相応しい女性がいるはずで、その女性は必ず彼の人生を幸せにしてくれるだろうと考えた。
私と結婚することでその可能性(世界線?)が失われてしまうのならいっそ婚活市場にリリースしようと思ったのだ。
私はこのまま孤独でよい。
そして今に至るわけだが、ぶっちゃけ本当に解放されたと思っている。
少しは孤独と独身の惨めさと将来の不安があるのだが、それをはるかにとびぬけてしまうくらい、「恋愛市場から足を洗う」ことの解放感がすさまじいのだ。
なんか自分がようやく人間に戻れた気がする。
なにより男性をスペックで判断する必要性がないことがこれほど快適だとは思わなかった。
私は恋愛したいんじゃなくて人間関係したかったのだ。
今日は、そんな話でした。
※画像は元カレが誕生日に予約してくれたホテルで撮った写真。本当によくしてくれた男性でした。素敵な女性と出会って幸せになることを心から願っています。