託麻新四国八十八ヶ所 19番札所~21番札所 & 託麻三山 | シオゴン!

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週末は山な日々!

託麻新四国八十八カ所を作った上野冨八氏のお寺は、19番札所と同じ立江寺。

託麻新四国八十八ヶ所が始まったのは、大正十五年のこと。

上野氏が四国のすべての寺に許可をもらって、県にも許可をもらって、地元の人と協力して建立したそうだ。

本尊は四国のお寺と同じ仏様が祀られている。

管理はそれぞれ個人で行われていて、抽選で決めたそうだから建立されている場所はバラバラ。

1番札所から3カ所ずつ回り始めて7日目。

順番に回っているけど、何度も通る道もある。

 

そして、7日目の7はいろいろな意味がある数字。

 

19番札所 阿波 橋池山 摩尼院 立江寺 延命地蔵菩薩

 

そこには地蔵堂が建ててある。

 

どっしりと蓮華座に座る延命地蔵。

 

右は弘法大師。

 

左は毘沙門天。

 

すぐ横には十三仏。

13体の仏が並んでいて、それは1体目から13体目まで決まっている。

左から順番に、不動明王、釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩、薬師如来、観音菩薩、勢至菩薩、阿弥陀如来、阿しゅく如来、大日如来、虚空蔵菩薩。

これが、初七日から三十三回忌までの13回の追善供養に対応しているそうだ。

 

7体目は薬師如来。

7回目の追善供養は七七日、つまり四十九日。

人は死後、この世の此岸から三途の川を渡り、あの世の彼岸に着く。

ちゃんと彼岸に着くように七日ごとに仏に案内され、四十九日に浄土に行くかどうか決まる。

その7回目は薬師如来が浄土に導く仏。

浄土に着いてからも十三仏まで続く。

 

20番札所 阿波 霊鷲山 宝珠院 鶴林寺 地蔵菩薩

 

こちらも蓮華座にどっしりと。

 

「くはくりん寺」と書いてある。

 

右は弘法大師?

 

この毘沙門天は、鬼に載ってない。

 

走っていると、地域の史跡にいっぱい出逢う。

 

20番札所のお堂の中には道標もある。

文政年間の道標の上には、お地蔵さまが立っている?

右やまがみち 左きやまみち。

どこにあったのだろうか。

 

トンネルを抜けて。

 

階段を登り。

 

19座目 神園山

 

倒竹を跨ぎ。

 

弘法大師の後ろ姿。

 

新四国。

 

小山諏訪神社。

 

正平塔は南北朝時代のもの。

 

重機が山に登っている。

木段の横を歩いている。

 

20座目 小山山

 

大智の座禅石

 

薬師堂は山中から楳谷寺に移った。

薬師堂跡

 

竹林を抜けて。

 

今の薬師堂

 

楳谷寺入口観音地蔵

円信が建立した三体の観音様は文政年間、石工は忠平か。

 

北向上毘沙門堂

毘沙門堂は覚文年間にはすでにあった。

鉄鰐口も古い。

 

毘沙門天。

 

21座目 戸島山

 

その中腹にも十三仏、15番札所のところ。

7番目の薬師如来。

 

薬師涅通りは、御船から戸島を経由し菊池に通ずる道。

 

道幅は狭い。

 

これはなんだ?

しめ縄が。

 

六地蔵はその道の一里の里程標も兼ねている。

 

六地蔵は六道それぞれの衆生の苦しみを救うもの。

六道とは地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道。

 

日向下の首なし地蔵

首なし地蔵は寛延年間の建立か。

 

戸島神社入口五輪残欠

残欠を集めて五輪の塔一基を組み立ててある。

五輪とは、空・風・火・水・地。

宝塔身には四方仏も彫ってある。

 

他にも石仏がいっぱい。

 

日向の猿田彦大神

猿田彦大神は道祖神でもある。

 

21番札所 阿波 舎心山 常住院 太龍寺 虚空蔵菩薩

 

21番札所の横には、別の観音菩薩もあった。

こっちが古くて、大正六年建立。

八十八ヶ所よりも9年古い。

 

これは新しいね。

 

円通山吉祥寺跡には、観音堂と地蔵堂が建っている。

その敷地にあるこれも五輪の塔だ。

 

四方仏。

 

観音堂の十一面観世音菩薩。

 

地蔵堂の地蔵菩薩。

 

戸島は昔は砥嶋と書いていた様だ。

史跡が多いおかげで、なかなか走れず止まってばっかり。