2000-01シーズン、ゴールデンステイト・ウォリアーズに所属していたフォワード、アントワン・ジェイミソンは、その圧倒的な得点力でリーグの注目を集めた。
中でも語り継がれるのが、12月3日と12月6日に記録した【2試合連続51得点】という離れ業だ。このニュースは、当時のNBAでも話題となった。特に12月6日のレイカーズ戦では、コービー・ブライアントとの壮絶なスコアリング合戦を展開。エース同士が点を取り合うその姿は、多くのファンを熱くさせた。
アントワン・ジェイミソンの経歴
ジェイミソンは1998年のNBAドラフトで全体4位指名を受ける。指名したのはラプターズだったが、直後にビンス・カーター(全体5位)とのトレードが成立し、ウォリアーズへ移籍。このドラフトナイトの交換は、将来性豊かなスター候補同士のトレードとして当時から大きな注目を集めた。
出身は名門ノースカロライナ大学。パワーフォワード/スモールフォワードとして、得点力とリバウンド能力を高く評価されてNBA入りを果たす。
ルーキーシーズン(1998-99)は47試合に出場(うち24試合先発)。平均22.5分の出場で9.6得点・6.4リバウンドを記録し、将来への期待を感じさせる滑り出しとなった。続く2年目(1999-00シーズン)は飛躍の年となる。怪我の影響で43試合の出場にとどまったものの、平均36.2分で19.6得点・8.3リバウンドと大幅に数字を伸ばし、先発としての地位を確立。若きエースとしての片鱗を見せ始めた。
当時のウォリアーズは再建途上にあったが、ジェイミソンはミッドレンジシュートと鋭いドライブを武器に安定した得点源へと成長。個の力で試合を支える存在となっていく。
そして迎えた2000-01シーズン。ジェイミソンはついに開花を果たす。82試合すべてに先発出場し、平均24.9得点を記録。リーグ屈指のスコアラーへと駆け上がった。
12月3日 vs ソニックス
ソニックスの本拠地キー・アリーナで行われた一戦。ジェイミソンは、この試合で自身のキャリアを象徴する圧巻のパフォーマンスを披露した。
フィールドゴール23/36という高確率に加え、14リバウンド、3スティール、2アシスト、2ブロック。攻守にわたり存在感を示しながら、最終的に叩き出したのはキャリアハイとなる51得点だった。
シアトルの地で、相手チームの選手が51得点を記録したのは約25年ぶりという事実も相まって、そのパフォーマンスはスコアリングショーとして大きな印象を残した。
しかし、その輝きとは裏腹に、試合結果は厳しいものとなる。ウォリアーズは102-118で敗戦。ジェイミソンが51得点を挙げた一方で、彼以外のチームメイト6人の合計得点も同じく51点にとどまったという事実が、この試合の構図を象徴していた。当時の記事でも「バスケットボールはチームスポーツであり、一人では勝てない」という現実が指摘されている。それでもなお、この試合で見せたジェイミソンの支配的な個人パフォーマンスは高く評価された。
12月6日 vs レイカーズ
わずか3日後の12月6日。ウォリアーズの本拠地オークランド・アリーナに、前年王者のレイカーズが乗り込んできた。
この試合で再び主役となったのが、ジェイミソンだった。彼は21/29という驚異的なフィールドゴール成功率を記録し、13リバウンド、5アシスト、2スティール、1ブロックの活躍を見せながら、再び51得点を叩き出す。
しかしこの夜、コートにはもう一人のスコアラーがいた。レイカーズの若きエース、コービー・ブライアントだった。コービーもまた18/35 FG、8アシスト、7リバウンドを記録し、同じく51得点をマーク。同一試合で2人の選手が50得点以上を記録するのは、1962年以来NBA史上わずか3度目という歴史的なゲームとなった。
試合は互いに譲らない激しい攻防の末、オーバータイムへ突入。最終的にウォリアーズが125-122で競り勝ち、壮絶なスコアリングゲームに終止符が打たれた。
ジェイミソンはこの試合で53分間プレーし、効率の高いシューティングでチームを勝利へ導いた。
この2試合連続51得点という偉業により、ジェイミソンはNBA史に名を刻むことになる。NBA公式の回顧記事では、彼の2試合連続50得点を、リック・バリー、ウィルト・チェンバレン、マイケル・ジョーダンらと並ぶ、NBA史上8人目の偉業(当時として)として位置づけている。
試合後、ジェイミソンは「こんなゲームになるなんて想像していなかった」と語り、コービーとの激しい得点合戦を振り返った。
ジェイミソンのキャリアは、その後も長く続き、派手さよりも安定感で評価されるスコアラーとしてNBAに確かな足跡を残していく。ウォリアーズでは、2001-02シーズンにも平均19.7得点を記録。主力としてチームを支え続けた後、2003年にマーベリックスへトレード移籍する。
マーベリックスでは役割を変え、ベンチからの出場に回った2003-04シーズンに平均14.8得点をマーク。限られた出場時間の中でも得点力を発揮し、シックスマン賞を受賞。
2004年、ウィザーズへ移籍すると、ジェイミソンはキャリアのピークを迎える。2004-05シーズンには初のオールスター選出を果たし、その後も2007-08シーズンに再び選出。チームの主力として安定して平均20得点前後を記録し続けた。特にギルバート・アリーナスらと形成したコアは、ウィザーズをプレーオフ進出へと導く原動力となり、イースタン・カンファレンスの有力チームの一角を担った。
その後、キャバリアーズ、レイカーズ、クリッパーズでプレー。2014年に現役を引退するまでに、通算20,042得点を記録し、NBA歴代56位となっている。
引退後
放送の世界へ進出し、Spectrum SportsNetでレイカーズ戦の解説者を担当。
その後フロント業務にも関わり、2017年にはレイカーズのスカウトとしてチームに復帰。さらに2019年からはウィザーズのDirector of Pro Personnelに就任し、NBAおよびGリーグの選手評価やドラフト準備など、組織の中核を担う役割を果たしている。

