私の記憶をたどっていくと最初に思い出せるのは、小学生の時の記憶です。

何年生だったかは曖昧です。

このあたりの記憶は途切れがちで、いつ何が起きたのか、時系列を追っていくことが難しかったです。

 

幼少期、父親は家にいませんでした。勤務先の学校の近くに部屋を借りてそこに住んでいました。

会うのは週末だけで、この人が父であると認識はしていましたが、話したことはありませんでした。

次は、妹が生まれて、病院に会いに行く光景を思い出せます。

そのあとは、妹を幼稚園に迎えに行く光景です。

このあたりで、私はよく母から暴力を受ける光景を思い出します。

理由は、ランドセルを玄関に置かれた応接用のソファーに置いたまま遊びに出ていたこと。

テストで80点以下を取ったこと。返事をしなかったこと。だと思います。

顔が腫れあがり、血を流したまま押し入れにいれられ、外からくぎを打たれ、出られなくなったことを覚えています。さすがにやりすぎだと、祖母が初めて助けてくれたことが印象的でした。

あとは、人から言われれば、友達と一緒に遊んだ記憶などが断片的に思い出される程度です。

 

いつからか私は原因不明の発熱を繰り返すようになります。

熱を出しては薬で下げる生活をしていました。

かかりつけの小児科や紹介された病院を何件も梯子しましたが、病気の原因はわからず仕舞い。

私は、治らない発熱と腹痛で不安な日々を送っていました。

 

この時、父と母の関係は冷え切っていて、家族の雰囲気は最悪でした。

父が家に帰ってくるようになり、毎晩のように繰り広げられる喧嘩。

物の壊れる音や、怒鳴り声、悲鳴。怖くて怖くて、仕方がありませんでした。姉と二人で抱き合ったまま、二重扉になっているトイレに電気もつけず見つからないように息をひそめ、耳をふさいで一刻も早くこの時間が終わるように祈ることしかできませんでした。

 

母が姿を消すのは、このすぐあとくらいだったと思います。

学校で、姉とどちらについていくか相談したことがあります。結局は、母が失踪するという結末でした。

この先、何も変わらず平穏な日々が訪れるんだと思っていました。