真宗門徒にとって信心とは何でしょうか。「寺にはかかわ

ることはお金が要ることである」とよく言われる。そこで

私たちの信心とは何でしょうか,何を目当てにして生きて

行くのでしょうか?

 

私は家族が安心して暮らせるように安穏な生き方ができる

ように気が付き,阿弥陀様の誓願によってすべてをお預け

することだ考えています。

 

私たちを縛っているものは何でしょうか。欲でしょうか?

すべてを支配するかのようなお金でしょうか?自分を人に

よく見せたい言う名聞の心でしょうか?これらは阿弥陀様

の誓願を受け入れる時に邪魔になります。

 

私たちは苦しみや悲しみ,悩みから解放されることが私た

ちが求めている世界ではないかと思います。この世界に気

が付くことが寺へのかかわりから見えてくることなんです。

 

また同時に年齢というものはその年齢に応じてみえる世界

が異なります。年齢に応じて気が付くわけです。気が付か

ずに彼岸には到達できません。気がつけばつくほど楽に

浄土に行けることがわかってきます。

 

そのわかること気が付くことが信心なのです。信心は気付

きです。手を合わせることはその気づきを静かに感謝し受

け入れるということです。一緒に手を合わせましょう!!