国立のカフェでの話。

隣の席に親子(母、息子)が座った。
お互いがイヤホンをして黙って座っている。

たまに母親が息子に話しかける時は、何度も呼び掛けたり、音楽の音量に負けない声量で呼び掛けたりしている。
目の前で手を降ったりすれば良いのに、わざわざ周りが一番迷惑するような方法を取る。
しかも話し方も独り言を言っているような、まるで相手にかかっていない話し方。
話してはいるが、話しかけてはいないのだ。
それで聞いてもらえなかったら、聞いてくれるまで同じ方法を繰り返す。
自分が工夫するつもりはさらさら無いのだ。
他人の気持ち、周りの状況なんかまるで気にしない。
母親がそんなだから、息子も誰かといる時に平気で相手の声が聞こえない程の音量で音楽を聞くような人間になっている。
現代では珍しくないのかもしれないが、心の底からつまらない人間だと思う。
正直こういう奴等が国を駄目にすると思う。
社会的に悪だと思う。



そもそも同じ人間とも思えない。
教育をしない母親に、人間味を感じない。
つまり想像していないのだ。
想像していないから教育も工夫も出来ない。
想像、思考、進化をする事が人間が人間たる所以だと思う。
それを諦めたモノが自分と同じ人間だなんてとても思えない。
生物学的に「人間」と「脳足りん」とで別けてほしいと本気で思った。



ここまで怒ってから考えた。

僕は芸事をやるんだ。

こういう人間を対象にやりたいんだ。
想像する事をやめたモノを想像する人間にして、僕がストレスを溜めない世界にする為に。
どこまでも傲慢に正義を示すんだ。
自分の信じる「素敵」が本当に素敵なのだと証明するんだ。
この「我が闘争」に人生をかけるんだ。
もう逃げない。
素敵な自己満足に達するのだ。

この暴力的な想いを想いはそのままに表現の仕方を変換して、常に自分の正義の精度を鍛え、そして自分が平成の日本にとってよき人間であったと証明する。



アドルフ・ヒトラーの気持ちがほんの少しだけ解る気がする。
但し、悪を迫害して排除するんじゃないんだ。
悪を善にして排除するんだ。
悪を無くすだけじゃ足りない。
悪をも善にし、善を産み育み、新たな善の連鎖を創るきっかけに自身がなる事で初めて足ると思う。
もしかしたらそれでも足らないのかもしれない。
だから自分が常に足るように、自分の正義をいつも確かめるんだ。



俺の住む世界に素敵な正義が足るように、精進っ!
最近毎日書き物をしている。

いつも良いものが出来たと思う。
そしていつも後になってから大した事無かった事に気付く。
主観がずれている。
その瞬間その瞬間に気付かない。

自分で作ったものくらい納得いかないものか。
自分で作ったものだから納得いかないのか。
自分の未熟さに気付く毎日。

アホたれが。
そうそう簡単に自分ごときに素敵な作品が作れるか。
チャップリンとかキートン観てて、勝手に自分もそんな気になってただけだ。
自惚れてんじゃねえよ。
枝雀さん並みに神経張り巡らせ。

根底に自己肯定を置いた上での、自己満足の為の、自己批判。
調子に乗れ。
図には乗るな。



精進っ。
前向きだ。
「 MILK 」を観た。

ショーン・ペン主演の史上初のゲイの政治家ハーヴィ・ミルクの物語だ。
これは実在した人物の半ドキュメンタリーである。

ゲイの街カストロから出馬して全米を巻き込むゲイムーヴメントを起こし、同性愛者の人権確立に大きく貢献したが、最後は市長と共にダン・ホワイト議員に暗殺されてしまう。
また、そのホワイト議員は殺人を犯したにも関わらず、刑期がたったの五年の判決を受ける。

平等とは何かを考える素晴らしい作品だった。



素晴らしい作品を俳優が邪魔していなかったのも良かった。
大好きな筈のショーン・ペンの演技も気にならなかった。
ハーヴィ・ミルクとして観られた。
見直すと確かに素敵な演技なのだが、初見ではまったく気にならず作品に集中出来た。

あと、シーンとシーンの合間に、短いダン・ホワイトのカットを何度か入れていたのが印象的だった。
彼の孤独っぷりが非常に怖かった。






政治運動の話だけど、前向きな話だから観やすかった。
また観よう。