今日は、名取市の閖上地区へボランティアに行ってきました!
テレビにもよく出てくる閖上地区。
まさしく、「壊滅状態」と言っても過言ではなく、
言葉が出ませんでした。
今までは、石巻など、
大きい道路を走って遠くから
壊滅的な町を見たりはしていましたが、
今回のボランティアは、
町の中に入って、住宅地での作業でした。

↑家があっただろう場所。

↑原型が無いほど津波で壊れた農作業車と車。

↑物が散乱した家で、津波の時間で止まっている時計。
今回の作業は、
2階部分がかろうじて無事だった家で、
2階からタンスなどの荷物を運び出すために、
泥と瓦礫で散乱した1階部分の
玄関から階段まで道を作って欲しいという依頼でした。
作業を開始する前に、
「見つけたら取っておいた方がいいものはありますか?」
と聞いたところ、
「ここにあるものは、ほとんどが他の家から流れてきたものだから、自分のものは特に無いんです・・・」
との答えが、、
確かに、もう玄関も無く、窓も無い状態。
1階部分には天井近くまで強力な津波が来たため、
自分の家のものは流されているみたいでした。
とりあえず、作業開始。
作業をしていく中で、
アルバムを発見。
どなたの物かわからないので、
ボランティアセンターに届けました。
数センチの厚さに積もった泥と、
多くの瓦礫を次々とよけていくと、
この家本来の床が見えました。
すると、家主さんが、
「瓦礫の山だと実感なかったけど、床とか見えると涙が出ますね。。」
そう言って涙を流されていました。
僕は、何て言ったらいいかわかりませんでした。
作業は30分ちょっとで終わったので、
他の現場に合流するため、
案内してくれる人を待っている間、
家主さんから色々と話を聞きました。
家主さんの家は、命は無事だったということ。
おばあちゃんも一緒に住んでいるらしいのですが、
偶然、地震当時、
近くに住んでいた親戚の人が具合が悪く、
テレビを見る気力もなかったのでラジオをつけていたそうです。
地震が発生した後は停電になったため、
ラジオしか情報がありませんでした。
偶然ラジオを聞いていた親戚が、
津波が危ないという情報を聞いたので、
近所の人たちが普通に庭掃除などをしている中、
おばあちゃんを連れて逃げてくれていたそうなんです。
偶然、具合が悪かったからラジオを聞いていて助かった。
これも運命なんでしょうか。
7000人のうち1000人が犠牲になったという閖上地区。
まだまだ、復興へ向けて動いていかないといけないなと思いました。
1つだけ、何とも言えない気持ちになった光景が。
そこら中に車が放置されたままなのですが、
その車には業者の張り紙が。。

確かに、処分に困っている人もいるので、
無料で引き取ってもらえるのはありがたいのかもしれません。
でも、こんなところでもビジネスか。。。と
なんか残念な気持ちになりました。
地元の人は、こうゆうのを見てどう思うのでしょうか。