22~25日までボランティアに行ってきました!
 
名古屋から宮城まで片道12時間くらいかかり、宿泊場所に着いたのは22日の夜10時過ぎ。
 
宿泊場所は所属するボランティア団体の代表の実家で、ご両親が温かく迎えてくれました。
 
すでにボランティア仲間の二人が休んでましたが、二人とも愛知出身の方で何日も滞在して活動しているとの事。
 
その日はそのまま休み、23日の朝5時30分くらいに目が覚めました。
 
外から話し声が聞こえてきたので見てみると、関東から到着したというボランティア仲間6人がいらっしゃいました。
 
全員揃った所で朝食会が開かれ、何気ない会話から22日が誕生日という事が知れ渡り、いろんな方から「おめでとう!」と言われました^^
 
 
そしていよいよ活動へ。
 
宿泊場所の地域は全く被害を受けた様子が無かったものの、そこから車で数十分走ると景色は一変。
 
屋根はあるのに壁が半分しか無い家や、完全に流されて更地になっている所など被害の大きさを物語っていました。
 
途中、ニュースでもよく取り上げられた大川小学校に寄ってお線香をあげさせて頂きましたが、悲劇が襲い、今も尚行方不明の児童がいると思うと悲しい気持ちでいっぱいになりました・・・。
 
そこからまた車で移動しましたが、窓から見える光景はバスやトラックが横転したり、ガードレールがありえないくらいぐにゃぐにゃに曲がっていたり、家が多くあった場所は瓦礫の山になっっていたりと想像を絶する物でした。
 
 
そしていよいよ活動場所の雄勝町という場所に到着。
 
作業する家のすぐ目の前に海が広がってますが、その間にも大量の瓦礫がありました。
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建物と同じくらいの高さまで積み上がっており、被害の大きさを物語ってます。
 
 
作業内容は、津波に襲われた家の清掃やフローリング外しなどでした。
 
ということで、1階で掃除をしていたら突然地鳴りが・・・。
 
少し遅れて、強い揺れが来ました。
 
海が目の前という事で、すぐラジオをつけましたが家の持ち主の方が「津波情報を待っていたら遅くなるから、まずは逃げましょう!」と言われ、みんなで避難しました。(大震災発生時も津波情報が流れる前に避難して助かったものの、あと5分判断が遅ければ手遅れだったと仰っていました。)
 
結局、避難している途中で津波の心配は無いと情報が入ったので戻って作業を再開する事に。
 
でも、改めて地震や津波の恐さを実感しました。
 
そうして5時くらいになり、作業終了。
 
 
宿泊場所の実家に一度戻った後、近くの温泉に行く事に。
 
汚れも疲れも取って実家に帰ると、夕食のカレーとバースデーケーキが用意されてました!
 
すごく大きくて、しっとりしたチーズケーキ^^
 
ビールまで振舞われ、全員が自己紹介をしたりして盛り上がりました!
 
こうして23日が終了しました。