そして彼女の別れを受け入れる事しか選択肢は無く、4年間の恋愛は終わりました。
別れた次の日は何も覚えていない位ショックでご飯も食べられなくなったのを覚えています。
そこから彼女を忘れられる様に考える暇を自分に与えない為、仕事を掛け持ちで始め、休みの日は音楽活動に打ち込みました。
ちょうどその頃に兄が東京から大阪に引っ越して戻って来たのです。
それから少し経って、母が自分の母(祖母)と暮らす事になりました。
糖尿病だった祖母は
かなり体は弱っていたものの
バイパス手術が成功したので
生活出来る程度にまで回復していました。
祖母と母が暮らしだしてから、少しずつ距離が出来て来たので頑張って働きながら僕は音楽にようやく打ち込める様になりました。
その頃の僕は鬱状態でしたが
何とか少しだけの希望を信じて前へ進もうとおもいました。
それを機に僕は、兄弟だけはしっかり守らないと本当に家族がバラバラになってしまうと感じたので、弟を施設から僕達が引き取ろうと兄と2人で話し合ったんです。
そうして引き取る事になり、僕達は一緒に暮らす事になったんです。
続く、、、
別れた次の日は何も覚えていない位ショックでご飯も食べられなくなったのを覚えています。
そこから彼女を忘れられる様に考える暇を自分に与えない為、仕事を掛け持ちで始め、休みの日は音楽活動に打ち込みました。
ちょうどその頃に兄が東京から大阪に引っ越して戻って来たのです。
それから少し経って、母が自分の母(祖母)と暮らす事になりました。
糖尿病だった祖母は
かなり体は弱っていたものの
バイパス手術が成功したので
生活出来る程度にまで回復していました。
祖母と母が暮らしだしてから、少しずつ距離が出来て来たので頑張って働きながら僕は音楽にようやく打ち込める様になりました。
その頃の僕は鬱状態でしたが
何とか少しだけの希望を信じて前へ進もうとおもいました。
それを機に僕は、兄弟だけはしっかり守らないと本当に家族がバラバラになってしまうと感じたので、弟を施設から僕達が引き取ろうと兄と2人で話し合ったんです。
そうして引き取る事になり、僕達は一緒に暮らす事になったんです。
続く、、、