前回は児童施設を出てすぐの僕の心境をお話しましたね。

補足

僕は16歳で施設を出てから
ずっと憂鬱な日々が続いていたんですが、父の元を離れおばあちゃんと暮らす事になり、バイトをしながら高校へ通う生活をしていました。その後高校を一年で辞め、現場仕事をしました、、、

それから、、、

生活に追われ僕はさらに音楽から離れてしまっていました。

友達と遊んだり彼女が出来たり、夜になると単車でどこかに出かけたり、悪い事もしました。

今思うと児童施設の頃や幼少時代に出来なかった色々な事が、一気に爆発してた様な気がします。

本当に何も出来なかったので、
友達と居る事や、普段の何気ない事が楽しくて仕方なかったのを覚えています。

それから僕はたまにコピーLIVEをする位で、ほとんど音楽活動をしていませんでした。

当時バンドメンバーを探していてネットや楽器屋さん、雑誌などで募集を見ては面接に行ったり、話を聞きに行ったりセッションしたりと色々な人と出会えたんですが、中々音楽性の合う人とめぐり合う事が出来ず、
僕はもう1人でやって行こうと考え、曲作りを始めました。

それからストリートで歌を唄いたいと思うようになり、
僕はがむしゃらに練習を始めました。

そしてすぐにストリートの練習をする為、海に行って歌ったり
色んな所で練習しました。
恥ずかしさを感じなくなるまで頑張ろうと思って必死でした。

それから月日が流れ、
僕は難波や、人通りの多い大阪市内を中心にストリートを始めました。

ちょうどその頃、母方の祖母が元々持っていた糖尿病で心筋梗塞で倒れたのです。

続く、、、