1月28日、
僕のおばあちゃんが
天国に行った。

28日の朝僕は仕事に向かう途中、
電話が入って知らされた。

仕事場に着いて午前中は僕しか店に居ないので、代わりにパートのおばさんに来てもらって急遽病院へ向かった。

全く実感が湧かなかったし、
最初は涙も出なかった。

病院へ着くと
僕の実の母が泣いていて
どうすればいいのかわからない位
戸惑っていた。

僕は母に「大丈夫か、、」と声を掛けるしかなくて、おばあちゃんの所へ向かった。

おばあちゃんは寝ている様で、
見ても信じられなかった。

思い返せば
僕はずっと長い間おばあちゃんと
会っていなかった。

まずその後悔が押し寄せて来て
泣いてしまった。

本当に綺麗で、寝てるような動かないおばあちゃん。

いつもバラバラだった家族。

おばあちゃんが集めてくれたんかな?

家族は仲いいんやけど
家庭内の問題が昔から
すごく複雑で、簡単に説明出来る様な事でもないんやけど、
母親が強迫性障害で、おとんがアル中で、借金まみれの家やったねんな。

その中で起こった事に別に同情も求めていないし、僕は今胸張って幸せって言えるし、今まで無駄な事は何一つ無かってんなって確信してるし、
それもこれもみんなのおかげであり
感謝もいつか形にして返したいとおもってる。

でも思うんが、この「いつか」っていつ??

おばあちゃんが居なくなって、後悔が押し寄せて来た時にそう強く思った。

僕は死ぬまで未熟やと思うけど、
出来れば何もかもを受け入れれる
最高な人間になりたいって思ってる。

人の幸せを願って生きていく事も僕の幸せであったり、周りに沢山の笑顔に包まれて将来は笑って居たい。


おばあちゃんが昔作ってくれた
小麦粉の団子が入ったお吸い物や
僕が冗談を言った時によく言ってた
「あんた、ええ加減にしいや(笑)」とか、細切れの記憶がすごい甦ってくる。

僕は本当に死ぬまで未熟やし、
大切なモノを守り抜く強さも
賢さもまだまだ足りない。

ただ家族を励ましている時に気付いたんやけど、もしおばあちゃんが生きていたら僕たちを応援してくれていると思うねん。

だから一生懸命悔やんで、僕は泣いて、おばあちゃんの病室のベッドに頭をおいて天井を見た時に、おばあちゃんは淋しかったんやろうなあ、とか考えてたらまた泣いてしまって、、、

本当に人は無くしてから気付く愚かな生き物やなぁと思う。

でも、全てを抱えて生きて行くのはすごく難しくて、僕も頭を抱えてる。

多分明日も頭を抱えてる。

でもめっちゃ前向きやで!


ここには書き切られへんけど、、、




おばあちゃんありがとう!
おばあちゃんまたね!!

そしてほんまに愛してる!

僕はもっと立派な人間になるよ!
でもアホみたいな事は言わしてや!

ほんまにありがとう!

病気のおかんの事はまかしとき!!

俺がみんな幸せにしたるからな!!