なぜ落とすのか。
答練後、答案構成段階で思いついた、気付いたのに書き忘れた、若しくはあえて書かなかったけど配点がふられていたということがある。終わったあと本当に悔しい。しかし、もしそれを書いていたら他の部分が薄くなってしまっていたかも知れない。いや、薄くなるだろう。迷ったら書くとは言われるが迷うレベルも色々あるし、書く分量も色々ある。迷ったことを1、2行でコンパクトに書く練習をするべきか。迷った跡を答案上に示せるようになりたい。自分がちょっとでも思いついたことはとりあえず構成用紙に書きなぐり、それを整理整頓する。書くべきことが多すぎるから、さすがにここまではきいてないだろうと勝手に書くべきことを限定しない。せっかく思いついたことを無駄にしない。試験委員に伝える。書かないと絶対に伝わらない。書いた後悔より書かなかった後悔の方がよりダメージがデカイ。
予見可能性
読み手にとっての予見可能性は重要だと思う。わざと読み手を混乱させ、考えさせるような答案を書いてしまうことがある。潜在意識として深く難しい議論をしていることをアピールしたい欲求があるのかもしれない。しかし、実際に読みやすい答案は自分がこれから書きたいことを全てさらけ出し、読み手の想像と答案の流れが一致する。また、全ての点でコンパクトに書かれた答案である。そこで、修正する方法を考えてみる。まず考えられるのがこまめにタイトルをつけることである。当たり前のことだけど、自分の暴走の歯止めになるとともに、読み手にとっても読みやすい、分かりやすい答案になる。一石二鳥である。
三段論法
答案の最後の最後まで三段論法を貫いた答案を書きたいですね。どんな状況になろうとも、法律家を目指している者が書くべき答案を書きたい。裸の利益考量なら誰でもやれる。規範とあてはめは両輪である(by試験委員)。どちらが欠けても法律家の能力を満たさない。