学校に
遅刻ばかりしていくようになった私を
両親はどう思っていたのでしょう
私から切り出すまでは
何も聞かれませんでした
日々
学校に行こうと思って家を出ても
どうしても
高校のある駅で
電車を降りることができず
隣の駅にある
大好きだった広い公園まで行って
ぐるぐるぐるぐる
半日ほど
歩いたり
ベンチに座って
母の作ったお弁当を食べたり
時間を潰して帰宅する
そんな日も
少なくありませんでした
ちょっと前まで
仲の良い友達と
ベンチに座って
スタバのフラペチーノ片手に
楽しく話したこの公園も
その頃の私には
もう色褪せてしまって
でも
唯一ほっとできる場所でした
ある日
雨がしとしと降っている日に
同じ公園を
また1人お散歩していたら
男の人が1人
隣を歩きはじめて
「いつもこの公園にいるよね
寂しいの?
一緒に来ない?」
というようなことを言われ
怖くなり
無言で走って逃げました
あぁ
とうとう
行く場所無くなっちゃったなぁ
学校に行くの辛い日
私今度は
どこに行けばいいんだろう
それまで親の言うことを守り
比較的優等生で生きてきた
高校生の私には
他の場所がその時は
思い当たりませんでした
居場所がないことの不安が
こんなに大きいものだったなんて
経験したくありませんでした
どこにも行けないな
どこ行っていいかわからないな
それなら家に居るしかないな
それまで
悲しませたくない
がっかりさせたくない
そう思って
親には話さずにいたのですが
意を決して
ある日の朝
母に言ってみました
「お母さん
私ねクラスでいじめられてるみたいなんだ
省かれてるっていうか
頑張ってみたんだけど
辛くて
学校行きたくないよ」
ことの経緯も説明しました
私の正義感が
間違っちゃったみたい、とか
言った気がします
何かを期待していったとかは
なかったと思います
ですが
お母さん泣いちゃうかな
とか
悩ませちゃうかな
とか
そんなことは思っていたと
思います
キッチンで
お弁当の準備をしていた母は
無言でお弁当を作り続け
私はダイニングに座り
沈黙が続きました
言うのは怖かった
けど
でも
もうお母さんに言えたから
大丈夫だよね
今日から居場所のことは
きっと
もう考えなくてよくなるよね
お弁当作りを終え
振り返った母は
私が想像していた
憐れみの顔でもなく
悲しみの顔でもなく
娘を労わる顔でもなく
言葉で書くと笑えてきますが
まさしく鬼のような形相で
顔を真っ赤にして言いました
「お願いだから
私の前から消えて!
お母さんの見えないところに行って!
学校に行くんだかどうかは知らないけど
一分一秒でもいいから早く
家を出て!」
と私の目の前に
ドンっと
お弁当が置かれました
あれから20年以上経ちましたが
こういう衝撃的な言葉は
忘れたくても
忘れないものですね
頭は真っ白になりました
胸のど真ん中を
大砲で撃ち抜かれたような
大きな大きな穴が
どーんと
空きました
無言でお弁当を持ち
家を出ました
その日
その後
どうやって過ごしたかは
もう全く
覚えていません
