ヤスの舞台「忘れてもらえないの歌」を観劇してきました。チケットをあててくれた友人Mありがとう!
正直今ものすごくエイトに対するモチベーション(というのか?)が下がってます。五人のエイトを応援するスタンスは変わらず、もちろんこの間のMステもみましたがテンションが全然あがらない。
これね、申し訳ないけど「47」に行けないというのがものすごく大きいんですよね。そのためにエイトは今ネットで配信なり色々やってくれているのはわかってますが、五人のエイトを応援したい→でもそのエイトに会えるのは一体いつになるのだろう・・・ 早くて一年以上先? みたいな感じで
だからこの舞台があって本当に助かりました、元気なヤスに会えて本当にうれしい。鬼のようなスケジュールだけれど明日からはじまる「47」を無事に完走してほしいです。
以下 舞台の感想ネタバレありなのでお気を付けください
一言:大変感想が書きにくい舞台だと思いました
まず終わって「何この救いのない話・・・」と思いました。びっくりするほど誰も幸せになれてない。何となく幸せになれたのは娼婦仲間の三人組だけなような・・・(スターになった大もあのマネージャーだし何のかんの転落しそうな予感がした)
ずっと進行役として記者みたいな人が滝野に今までのあれこれを取材している形をとっていたので、私はぼんやりと勝手に「将来成功をおさめた滝野の回想録っぽい話なのかなぁ」などと思っていたら!!!
そもそもヤスが演じる主人公の滝野というキャラクターがつかみどころがないというかよくわからないキャラクターなんですよね。最初はただのお調子者のように見えて、何となく床屋になったのも自分が身につけやすい手に職で食いっぱぐれがなさそうだから・・と思えるのに床屋の時も仕事には熱心でしたよね。乱闘中に営業したりして。成り行きで音楽をはじめていつの間にか音楽に真摯になって、でもそのアプローチが周囲に理解されなくて、空回りする。
そして、どんなにつらくて泣きたいことがあっても常に笑っている。
あの稲荷が夢に見た「人を殺す滝野」はインパクトあったけどあれは何だったのだろう? 稲荷が内心思ってる滝野の姿とかそういう話なのか。
率直にかけばこの舞台をつくった福原さんは一体この舞台で何を伝えたかったのだろう? というのがまず疑問でした。私はパンフも読んでいないのでそのあたりがよくわからなくて、ネットで見た限りでは戦後で音楽をやりたかった・・くらいのことしか伝わってないし。
今公式サイトを見たら「心が空っぽになったら絶望じゃなくて希望をつめたいと思った主人公」みたいなことが書いてて確かにそれは舞台でもセリフで言ってたけどさ、最後に飛び切りの絶望を詰め込んで終わらせたじゃない? それとも「空は墨染め」をレディカモンテが「忘れてくれる歌」にしてくれることが救いということになるの?
「うつむいたまま歩く」(うろ覚え)で終わる「空は墨染め」はそのだまされることとなった「上を向いて歩こう」のそのまま反語ですよね。上を向くか下を向くかの違い。そもそもの「上を向いて歩こう」も別に明るい歌じゃないよね。上を向くのは「涙がこぼれないように」だし。「空は墨染め」は「うつむいている」けれども「歩く」(前に進む)という意味で、もしかしてこれが一応のテーマということになるのかな。
ところどころ笑えるところはあったものの今まで私が見た中でも一二を争う「救いのない話」だというのが私の感想です。
終わった後友人Mが「ヤスの舞台はいつもヤスが不幸になる役だ」と嘆いていました(笑) 確かに舞台だけじゃなくてドラマとかもなんか死んだり事故にあったり多いよね・・・・・・
そういう役(辛い境遇でも明るいキャラ)みたいなのをさせたくなるのかなぁ
私たち前情報全然いれてなかったので「戦後でジャズ」くらいしか知らなくて「ジャズ聞いた後ならワインがいーよね♪」って感じでお店選んでたんですが、飲みながら二人で「ワインって感じの気分でもないよね・・」と話ししてました(笑)
そういえばスカパラのみなさんが観覧にきていました。私、友人Mのおかげでかなり前のいい席で観劇できたんですよ。で、前の通路を谷中さんが歩いてるのが休憩時間に見えて、その日御堂筋でスカパラが演奏していたのも知ってたので来てはるんや! と思ってとっても嬉しかったです。一応知らないフリをしてましたがアンコールでヤスがみんなに伝えていたので書きました。