今回は自由とは何か?について考えてみます。
アメリカ人の青年が「日本にはいろんな規制があって自由のない国だと思っていたが日本に住んでみれば日本こそが自由な国であるとわかった」と言うような動画があったのでこれについて少し考えてみます。
皆さんは「自由の意味とは何ですか」と聞かれても「自由ね~、自由気ままでは困るし、自由っていったい何だろう」と考えることでしょう。そして「自由とはこれだ!」と示せる人はなかなかいないのではないでしょうか。皆さんは自由の意味を難しいものと考えていますが自由の意味は「自由気まま、勝手気まま」と言う理解でいいのです。それではこの社会において何でも自由気ままにできるのかと言えばそうではありません。なぜなら自由には責任が伴うからです。ではなぜ責任を伴うのかと言えばそれは正しくないことを行ってはならないからです。正しくないことをやれば責任を取らされますから自由きままとはならないのです。
つまり自由とは正しいことをやるのは自由だが、正しくないことは責任が生じますので自由ではないのです。ですから自由とは「権利(正しい事)の行使」と言うことができます。
それではその権利とは何か?といえば「みんなが認めたもの」と言えます。みんなが認めると言うことはそれが正しいから認めるのです。ですから権利は正しいと言うことであり英語ではそれを「RIGHT 」と言うのです。
明治のころ「RIGHT」をどう日本語に訳せばいいのか当時の秀才たちでさえ大変苦労したらしいのです。なぜならそれは「正しいとは何か?」と言うことなのですから。これは西洋の哲学者たちでも解けない難問中の難問だったのです。それでも一応それを「権利」と訳したのです。しかし現在でも権利の意味を正しく理解している人は殆どいません。権利だ、権利だと言う割に私たちはその意味がよく分からないで使っているのです。権利の一般的な意味としては「正当性」または「資格」と考えれば理解しやすくなるのではないでしょうか。「私には権利がある」とは「私には正当性がある、資格がある」と言うことです。とにかく自由とは「権利(正しい事)の行使である」と理解をしてください。
それでは自由の意味とは「権利を行使すること」ですから、正しいこと(権利)を行使することは自由気ままと言えます。当たり前のことですが正しいことを行っていれば誰も文句は言いませんから自由気ままにできるのです。よく「表現の自由がある」と言いますが、正しい表現は自由ですが、正しくない表現を自由気ままに行ってはなりません。嘘、捏造、偏向を行う自由はないのです。しかし正しい事ならば誰も文句言いませんから自由気ままにできるのです。それが自由と言う言葉の意味なのです。
ただし権利には義務がつきものです。義務を守らなければ権利ははく奪されますので責任感をもって行わなければならないのです。ですから権利を行う自由には責任が伴うと言うのです。
そして正しい(権利)とは何か?といえば「みんなの幸せ」に適うことを言います。ですから「みんなの幸せにかなう正しい事を行うことは自由気まま」と言えるのです。
日本にはいろんな小さな規制がたくさんあります。電車内では静かにする、ごみは持ち帰る、列にはちゃんと並ぶなどいろんなルール、規制があるのですがそれらの規制はみんなが安心・幸せに暮らすためにあるのです。規制があるから自由がないではなく規制があるから自由であり国民が幸せに暮らせると言う面もあるのです。
日本には昔、権利や自由と言う言葉はなかったのですが、それは日本社会が集団主義的であり個人の権利や自由を主張することは社会の和を乱すからそのような言葉は発達しなかったのです。国や王様から抑圧されてきた歴史を持つ西洋では個人の権利や個人の自由が特に求められたのです。欧米人が自由であることを大切の思うのは自由と言う言葉の意味には主に「自分の幸せと思うものを選択する自由」と言う意味を含んでいるからでしょう。しかし基本的に欧米人の言う自由とは個人的な自由でありそれは個人主義につながります。ですから欧米人の多くは個人主義者であり日本のように和を尊ぶという意識が欠けているのです。ですから欧米人の言う個人主義の自由では心安らかに暮らせる幸せな社会を作ることは難しいのです。
日本は和をもって尊しとなす国であり個人の自由よりも全体の和の方が大切だと考えるから規制が多く少し面倒なところもあるのですが、それでも世界中で最も安心して暮らせる国でいられるのです。自由な国と言うのは正しい事つまり国民みんなの幸せにかなうことが行われている国と言うことです。日本にも西洋人に洗脳され権利や自由や人権をひたすら要求する人たちもいますが正しいとは何か、つまり権利の意味を正しく理解していれば「みんなの幸せにかなうことが権利であり、それは人権でありそれを行うことが自由」なのですから、あんまり個人の権利や個人の自由や個人の人権を主張することは控えなければならないのです。それは集団の和を乱すことにつながり、まとまりのない西洋社会のような国になってしまいます。
またついでに言えばマスコミは「報道しない自由もある」と信じていて国民もそれをなかなか否定することが出来ませんから、マスコミにおいて堂々とそれが行われています。しかし「その情報を報道しない事」が正しいならば誰も文句言いませんから自由と言えるのですが「その情報を報道しない事」が正しくないならばそれは自由とは言えないのです。ですから権利や自由の意味を正しく理解した人ならば「それを報道しないことが本当に正しいのかどうかを公の場で話し合おうではないか」とマスコミに反論することが出来るのです。
現在の日本はまだ世界でも最も安心して心安らかに暮らせている自由、幸せな国と言えますが自民党の移民政策により欧米のように不自由で不幸せな国になりつつあります。世界では子供の誘拐が日常茶飯時なのです。もしそのようなことが日本で数件でも起きれば日本は子供たちを一人で自由に遊ばせることのできない他国のような不自由な国になるのです。なんとしても移民政策だけは阻止しなければ日本は日本でなくなってしまいます。単一民族と言われるような移民が少ない日本こそが本当の自由な、みんなが安心して心穏やかに暮らせる国と言えるのです。「多様性や多文化共生などくそくらえ!」なのです。