今日ついに「モアナと伝説の海」のブルーレイを見た。

購入したものの、うちのはブルーレイが見れるかわからなかったが、

ブルーレイ&DVDなので、どっちでもOKだったが、

うちのはブルーレイとわかり、やったー!と思った。

 

 

きっと画像が違うのだと思う。

海の水の場面など。

 

 

とーーっても良かった!

 

 

先にサントラを聴きまくり

ほぼ覚えた状態で、映画本編を見る。

耳が慣れているから、

安心して見れた。

 

 

やっぱり…

先祖からの自分のルーツ

そのことをとても誇りに思っていいのだ

と強く思った。

そして、聞こえてくる自分の声。

 

 

このブログのタイトル、なんとなくつけたが

本当に自分に必要な言葉だったのだなと思う。

 

(モアナの髪と私の髪は似てるの!)

 

 

 

アナと雪の女王2をみたが、

その後にモアナをみると、

より理解出来る。

自分の辿っている、今の人生を。

 

 

 

 

ちなみに、

マウイにそっくりな人を知っていてびっくりした。

 

小さい頃親に捨てられ、育てられる。

顔もちょっと似てる。

俺様みたいなところも似てる。

 

 

マウイはマウイで、自分で自分の心を取り戻した。

 

モアナも。

 

すごい!

感動で涙でいっぱいだった。

 

(家でゴロンと見れてよかった。

最後テ・フィティと同じ体勢だったので😆)

 

 

 

見ながら同時に、

識子さんの、南の島シリーズが何となく頭に浮かんだ。

超古代のことを思い出す?!ような。

 

 

本当にいい作品だった❣️

 

 

 

 

 

 

 

急に別の話題だが。

しいたけさんの本で。(『しいたけ.の部屋』)

 

 

「私はなんで生まれてきたんだろう」

と疑問に思うのは、

 

かつて「私はここにいるよ」と叫んでも伝えられなかった寂しさがあるかもしれないのです。

「なんで私は生まれてきたんだろう」と独りつぶやくときにも、この「寂しさ」と「分かりあえなさ」ってあると思います。

生きていくって「私はここにいるよ!」という主張が上手い人が得をします。甘えるのが得意な人。でも、それがうまくない人もいます。甘えるにはどうすればいいかわからなくて、自分の周りを武装してしまう人もいます

 

 

 

人間も動物も、生物としてこの世に誕生したのち、一番はじめにやらなければいけないタスクって「私はここにいるよ!」と叫ぶことなんです。だから、生まれたばかりの小鳥がピーピー鳴いているのって、どう見てもかわいいです。でもあれって、かわいいだけじゃなくて、「親鳥に自分はここにいるとアピールして、餌をもらう。気にかけてもらう」という過酷な生存競争をすでにやっているわけなのです。

 

 

 

 

応えてもらえなかった哀しさ

のようなものを引きずっていて、

それを求めてしまっている。

その時点で止まっている。

そんな自分がいる、と、今日わかり。

 

なんとなく、知っているような知らないような状態だと

しいたけさんはよくない、と本で書かれている。

 

 

先日教えてもらった、矢作直樹さんの本にも

「人は何かを欲しがっているうちはずっと奴隷です」

とある。

 

 

 

 

色々な感情を抱えて生きているが

一つ一つを知って、

手放していくと楽になれるのだろうか。

 

 

あ、しいたけさんの書かれているのを、

矢作さんのイメージングでやって、いようかな!

 

 

モアナを見て、ちょっと元気になれた気がする。