『共依存かもしれない』

 

 

 

 

番外編③

(自分の体験談)

 

 

 

今日。家族と外食していて。

思い出した、あれこれをご紹介。

 

 

 

・私たち子どもがアイスを買うと、必ず一口目は父にあげないといけない。

父は、したの方をがぶっと食べる。

いつも「おさがり」のようなものを食べていたわたしたち。

 

・その父、うどん屋さんのレジで、お子様用にと、小さな玉4つ入ったガムを配られているが

それも必ず一つは渡さないといけない

 

・外食のメニュー、好きなものを頼めない。なんとなく、安いものを選ばないと。ジュースもダメ。

いらないことをしたら、怒られる。(家庭の家計の具合で、贅沢はそこまでできない感じだったが、必要以上に遠慮していた)

 

 

・バイキング、母や妹は「とってきたよ~」と、みんな用にとお皿を何枚か。

なんのためのバイキング?好きなものを好きな量食べれるのが魅力なのに・・・といつも思っていた

そうそう、回転ずしに行ったときも、「あなた、これ、好きだったよね」とぱっと取る。

食べるタイミングとかもあるのだから、勝手にされていやだなあと思った。

 

 

・「もう食べれないから、これ残りを食べて」そういって、いつも母は自分が食べたものを人に。

食べる前に「先に取って。全部は食べられないだろうから」と、人にも食べさせる。

 

 

 

 

すべて、相手の境界線に、ずかずかと入り込んでくる行為。

 

相手と自分があいまいだと、ずかずかと入ってくる。

 

 

 

入ってこられた時に「イヤ」と拒否できれば、

相手もだんだん理解して、「してはいけないかな」と学習するのだろうか?

共依存の人は、優しいから、拒絶できない、という。

拒絶すると「俺の酒が飲めねーってのかー」みたいなからまれ方をされ

以後拒絶できなくなった、という学習をしたのか。

 

共依存真っ只中だと、わからないが、あきらかに、

「イヤ」といって良い案件ばかりだ、と思う。

 

父のは、ちょっとパワハラ入ってるよね。

 

 

 

 

 

あと、私、共依存だからか・・・

外食に行ったら、メニューを決めれない!

ほかの人が何を頼んだか、参考にしないと

 

自分が食べたいモノ・・・・・

 

無いのだ。

 

「安いものだけしかだめ」という経験しかなく、

「自分が好きなのを選んでいい」という経験をしていないと、

自分が、今、食べたい!がつかみにくい。

 

それは、今でも私にはあるので、がんばって自分の気持ちを知ろうと努力しているところ。

そういう練習をしているところ。

 

 

そう、頑張って、自分の食べたいものを探さないと、わからないのだ。

 

 

「やりたいこと」なんて、まだまだ、わからない!!!!!!