『共依存かもしれない』

私が大切な人から教えてもらった本。

 

本からの引用、続きます

 

 

・人からよく思われたり、好かれたいので、いつも一生懸命何かをしている(しようとしている)

・しばしば、自分は人より劣っていると感じる

・なにかうまくいかないと、たいてい自分のせいだと思う

・失敗をしたら、人からきらわれるのではないかと心配だ

・自分は何一つまともにできていないと思う

・どうしたら人が幸せになるかわかるけれど、自分が幸せになるために、何が必要かはわからない。

・自分がどう感じているか気づく前に、友だちや家族から自分の思っていることを言い当てられることがある

・本当に思っていることを口に出すのは、たいていの場合危険だと思う

・異なる意見を言ったら、相手は自分を好きにならないと思う

・いざこざを起こしたくないので、本当に思っていることを口に出さないようにしている

・人生を生きぬく最後の方法は、何があってもにこやかな笑みを絶やさないことだ

・誰かが怒ったり、議論をはじめたりするといごこちが悪い

・自分の願いを聞いてくれると、その人は何か見返りを求めているのだと思う

・何かをしてもらうより、してあげるほうが気分がいい

・誰かにほめられても、その言葉をうのみにはできない

・人から何かしてもらう必要はないと思っている

・誰かと親しくなることは、自分にはとても大変なことだ

・デートをしたり、友達と仲良くしていると、ふとだまされているような気分になる

・他の人を幸せにするために、自分がしたくもないことをしていると、しばしば思う

・もう好きではない人とでも、以前のままの関係にとどまっている

・今までの人間関係は、ほとんど自分が傷ついて終わった

・他の人の問題を解決することは、自分の責任と感じる

・友だちや家族は自分をあてにしていると思う

・風邪がうつるように、人の気持ちがうつってしまうことがある

・もっともこわいことのひとつは、人から拒絶されることだと思う

・ほとんどの友だちが、自分の助けを必要としていると思う

・一人でいるのは大キライだ

・自分の人生が他人の気持ちや望み、要求に支配されているように思う

・自分のしてほしいことを人にしてもらうには、その人をうまく操るか買収するしかないと思う

・自分の人生をよくするには、友だちや家族をとりかえるしかないとおもう

・気楽に楽しむことはとてもむずかしい

・リラックスすることがなかなかできない

・やるべきことをやるための時間が十分ない

・自分は誰よりも悩んでいると思う

 

 

これはあなたが共依存かどうか、判断するためのものではありませんが、いくつかの手がかりは得られます。

あなたの気持ちや行動がリストにいくつも当てはまったなら、あなたは自分自身や自分の人生にほとんど満足していないということがわかります。

あなたは人に踏みつけられるドアマットのように、人のために自分を犠牲にしている可能性があります。また、あなたは人を包み込むことも押しのけることもできないので、人間関係がうまくいかないのかもしれません。それとも、自分がどうしたいかよりも、だれかのヒントをあてにして生きているかもしれません。

 

共依存の人は、外からはうまくやっているように見えますが、内心は自分に対する疑いと、みじめで恨みに満ちた気持ちでいっぱいです。

リストにいくつもあてはまるなら、あなたには共依存の兆候があるのでしょう。

それは「楽しくない」というレベルのものではなく、「つらく、苦しい」状況なのだと知ってください。

 

 

あなたの共依存が軽いものであっても、たとえ重いものであっても、自分の人生を自分自身が引き受けることで、自分が本当はどう感じているのかを知ることができます。そうすれば、きっと今の状況を変えたいと思うはずです。

 

この本には、そのことを詳しく書きました。

自分自身を変え、周りの人との関係を変えていくことについてです。

 

このことは、自分がどんな人間であるかを発見し、自分の手のなかにある自由を見つけることでもあります。

この本を読んでいけば、きっとあなたが自分らしく生きるための方法が手に入るはずです。

だれが共依存という苦しみを必要としているでしょうか。

だれも必要としていません。

もちろんあなたもです。

 

 

 

 

人間には、自分の感情を抑えて他人の感情を重んじずにはいられない、ということが多かれ少なかれあります。

しかし、依存症(アディクション)のカウンセラーが、アルコールや薬物依存症者やその家族たちとかかわるなかで、非常に興味深いことがわかってきました。

それは、アルコールや薬物依存症の家族と暮らす人には、外界とのつながり方、人間関係の持ち方で共通点があるということです。

では、どういう共通点なのでしょうか。

この人たちは、同じようなコミュニケーションのとり方をしますが、この方法は「機能不全家族」で機能するやり方なのです。

「機能不全家族」とは、アルコールや薬物依存症者のいつ家族や、必要とする条件を整えられない家族に専門家がつけた呼び名です。

それぞれ求めても必要なことを満たさず、また求められても満たそうとしない、互いに感情を育めない家族のことをさします。

近親姦やぼうりょく(DV)といった深刻な問題を抱えている機能不全家族もあります。

家族にゲイ(同性愛者)がいて恥ずかしいと感じたり(訳者注:ゲイやレズビアンは病気ではなく性的指向ですから、本来ははずかしいと感じる必要はありません)、離婚で心が傷ついたり、うつ状態の人がいたりという、外からは一見わかりにくい問題を抱えて苦しんでいる家族もいます。

この人たちは、自己否定感や怒り、深い悲しみを抱えています。

カウンセラーはこの人たちのコミュニケーション法を「共依存」行動と名づけました。

この方法は、外では失敗に終わることがほとんどなのです。(訳者注:以下、共依存行動をする人のことを共依存の人と呼びます)

 

 

時間をかけ、カウンセラーたちはさまざなな事例を検討するなかで、依存症者のいない家族でも、同じように「共依存」行動をとる人がいることに気づきました。

過食や拒食といった摂食障害の人のいる家族で育てられたり、または、両親のどちらか一方がいつもふさぎこんでいたり怒っていたりすると、「共依存」行動をとりやすいのです。

カウンセラーは、援助を必要としているのは依存症者だけではなく、その家族すべてだとわかりました。

 

今日では、共依存行動をとるには、なにか具体的で深刻な問題を抱えている必要はない、ということが一般的にわかってきました。

仕事だけに夢中な親であったり、子どもを無視するような親であっても、子どもに共依存行動が生まれます。

いつもなぐっていなくても、しばしば大声をあげる親であれば、同じことなのです。

両親が愛情と注目を注いでいたとしても、家族内の誰かの死や、長期にわたる闘病、摂食障害や金銭トラブルなどでストレスに満ちた状態が続くと、共依存行動が生まれる危険性があります。

 

アルコールや薬物依存症者がいる家族の人生は、けっして楽なものではありません。

自分でコントロールすることができない人生に、しだいに慣れてきて、考え方、感じ方、行動の多くを変えていかざるをえないのです。

このような人たちの心や行動の変化を以下にまとめてみました。

 

・家族の生活が依存症者中心になる

・依存症者との接触を避けようとする。自分が家を出て行くことができない場合は、なるべく目につかないように、家の中では息をひそめてすごしている

・アルコールや薬物依存症者の家族に対して優位な位置にたち、彼らを子どもか判断力のない人間として扱う

・自分の望みをかなえるために、他人を操ることを覚える。

・問題を起こす家族の面倒を見て、ときおり酒やドラッグを買うお金を与える

・依存症者のために言いわけをする

・依存症者の問題のために自分を責める

・他の人が本来すべき仕事や責任をひき受けてしまう

・たとえ何が起ころうとも、すべてがうまくいっているふりをするようになる

・抑圧された否定的な感情を、食べものや仕事など、ほかのことでまぎらわそうとする

・依存症者が回復さえすれば、すべての問題が解決されると信じている

・問題を抱えた依存症者とつきあうように、ほかの人ともつきあおうとする

 

 

 

 

自分自身から目をそむけ、自尊心が低いために外側のモノや行為に依存するという行動は、子ども時代に教えられたことなのです。

一つ一つ経験を重ねるごとに覚えてきたことなので、やはり一つ一つ経験を通して変えていくしかありません。

 

 

共依存とは、あなたが身につけた、生きていくためのパターンであり、行動様式なのです。ですからやめることも、変えることもできます。

共依存は物事にうまく対処しようとする習慣ですが、あなたにとって悪い習慣で、役に立ちません。悪い習慣をやめることには努力が必要ですが、やりとげられるものなのです。

 

 

共依存の人は、世の中のうまくいかないことはすべて自分のせいだと考えるので、共依存だと言われるだけで、いじめられている、告発されていると受けとってしまいます。

しかし、共依存になったのはあなたのせいではないし、あなたを共依存に育てなさいと誰かが家族にしむけたわけでもありません。

しかし、共依存のままでいるとしたら、それはあなたが選んだことで、あなたに責任があります。

 

「家族のせいでこうなったのだから、治す責任も家族にある」

たしかに共依存は生まれつきではないし、あなたが共依存になりたいと思ったわけでもないでしょう。

しかし、親や家族があなたの共依存を解決してくれると期待することこそ、共依存的な考え方です。

第一にあなたの家族が最善をつくしたとしても、共依存のサイクルを打ちやぶるのに必要な手助けができるとはかぎりません。

第二に誰かをその人の意に反して変えることはできないのです。

 

共依存からの回復は、あなたの内側からわき起こるものです。

問題の始まりが家族であったとしても、自分自身の感情を持って、それを表現することを学べるのはあなた本人です。

今までとは違う生き方を自分に教えることができるのも、あなただけなのです。

 

 

「恋人なら治してくれるだろう」

共依存の人は、自分の外側に答えを見つけるのが好きです。

家族が無理なら、ほかに共依存を解決してくれる人がいるにちがいない、と思いこみます。恋人なら、家族がくれなかった愛情をすべて注いでくれるだろうと信じます。

もし、あなたの選んだ相手が共依存でなければ、2人の関係はしばらくうまくいくかもしれません。

しかしまもなく、あなたの共依存は主張しはじめます。

どんなに2人が愛しあっても、恋人があなたの不幸な子ども時代を償うことはできません。誰かを愛するなら、その前に自分自身を愛することを学ぶ必要があります。

 

 

「共依存から抜け出したら、私は自分勝手な人間になるだろう」

とんでもない!あなたは心に大きな空洞をかかえた人間から、心が満たされた人間になるのです。

ですから、今以上に、人にあたえるものを持てるのです。

共依存の人は、誰にでも人あたりよく見えますが、たいていが自分をさらけ出したりしません。

そのかわり、自分の心の空洞を自尊心で埋めるために、自分の時間と愛情を手だてに使うのです。

 

 

「どうせ自分じゃどうしようもできない」

もちろんあなたはできません。あなたは、知り合いの人たちすべてを助けるのに忙しすぎるのですから。

カウンセラーは「どうせ」という言葉に象徴される投げやりな態度を、「学習された無力感」と呼びます。

機能不全家族で育つと、物事を変えようと努力するのは無駄なことだと学んでしまいます。

あきらめたり、ゆずったりすることを覚え、自分自身よりも人を変えることに焦点を当ててしまったのでしょう。

自分自身に焦点を当てて生きること学べば、自分に目を向けることができるのです。

 

 

 

あなたは共依存のままでいいですか?

それとも変わろうとしますか?

その選択はあなた次第です。

あなたが魔法の杖をふって、思うように人を変えることができないのと同じに、誰かが魔法の杖をふって、あなたを変えてしまうこともできないのです。

人は助けになりますが、魔法の杖を持っているのはあなたです。

もちろん、あなたは共依存のままでいいと決めることもできます。

たぶんあなたは変わりたくないのでしょう。

それもまたよしです。

あなたに準備が整えば、その考えも変わるでしょう。

それでよいのです。

私がそう言ったからといって、本にそう書いてあるからといって、自分が変わる必要性を感じていないのに人生を変えようと決めるなら…そのことが共依存なのです。