最近はよく、ツイッターのまとめをみる。
今、リアルタイムのつぶやきから、
ときどきまとめなので、5,6年前のものまで
まざっているので、過去のを見るのも楽しいので、
5年前からずっとさかのぼって読んでいるまとめもあるが、
それとは別に、最近のも。
「はっ」とする内容の文章を見たが、
最近のか、過去のものか、どっちだろう?と思ったが
ちょっと前に見たツイッターだろう、と思い
さかのぼって、探していると、今日見つけた。
「君は優しすぎるから、しんどいやろ?
疲れてしまうよ、君は悪くない、絶対にね」
という言葉を関西弁で。
最近知り合った人が、兵庫の人で、よくFacebookでからんでくれて
関西弁だし、面白いしで、新しいタイプの人と出会えて
これもいつもお世話になる神社のおかげなのだろうと思うが
関西弁はいいなあ。
今日、ちょっと、心がつぶれそうなことがあり
(道で子どもが死にかけの蝶をなにかしそうにしている場面に遭遇してしまった)
そのとき「私がこころをそちらに向けなくていいよ。子どもたちに任せるしかない」
と言葉が出てきた時に、あの関西弁の言葉もあったのだった。
細かなことに気づく反面、繊細で、ひとより疲れてしまうことが多いが
そういう心の動きで、こころが疲れているという自覚がなかった。
優しいからこそ、しんどいのに、そう思っていないことが多かった。
だから、それは、しんどいよ、疲れてしまうよ、でもそれは悪いことではないよ、
私はイメージで、私の方に手を置いて言ってくれる誰かがいた。
昔だったら、そう思うことすら、悪い事だから
全てを受け止めないといけない、
全てを敏感にキャッチしなければいけない、
と思いこんでいたので。
そういう人が、素晴らしい人、と思い込んでいたので。
でも、そうじゃない、とわかったし、
こうやって、具体的に、そばで話しかけてくれる人が大切で
それが自分でもいいのだ、とわかったので。
自分の性分に合わないことは、
しなくていいの♪
そこまで完璧じゃない、わたし。
