いつもお世話になっていたお寺に
最近ずっと行けていなかった。
というのも、神様系の団体の人たちがきて
なんとなく、居づらいというか
億劫になり、だんだん足が向かなくなった。
知り合いはたくさんいるが
そこまで我慢していかなければならないわけではない。
でも、明日年に一度の、ある供養の日だったので
去年いただいたお札をかえしにいくのを機会に
元気にしてますよ~と、今日ご挨拶に行った。
お寺さんは相変わらずお元気そうだった。
色々とお話していたら、
すっごくスッキリした。
そして、これからしたい、と思っている
仕事を、どういうふうに心を決めていけばいいか
というお話が聞けた。
私はミュージカルが好き、ということは
お寺さんも知っていること。
で、どういうところが良いんですか?とか
東京でみるのと地方でみるのの違い、
魅力などなど、
話していると、自分でも色々と日頃から思っていることが出てきて
そういう、演者さん、もしくは芸術家、芸能人、などなどの表現者は
みんな共通していて、
体、言葉、心が一体となると、
人に感動を与えることができる、
という話になった。
これはお大師様も言われているようなことに共通していて
言葉、体、心が大事、と。
で、包丁は、しっかり研がれていると
食材を無駄に傷つけることなく
切っても食材本来のおいしさが残るという。
あまり切れない包丁では、
がたがたなので、
出ていってしまうという。
これは、人間も一緒なんだろうな~と思った。
自分をしっかり整えておかないと
無駄に自分を使ってしまったり
痛めてしまったりして
浪費してしまう。
良さが漏れてしまって
しっかり守れていないから
無駄なエネルギーを使ってしまって
もったいない!
だから、私も、しっかり自分を整えよう、いや、整えたいなあ~
と思った。
ミュージカルを好きになった原点
レ・ミゼラブル
父の病気が見つかり、どうなるのだろう・・・
という時期に出会った
同じ一日を過ごす、いや一時間を過ごすのに
頭の中が一時間、心配なことを考えるよりも
一時間レミゼを聞いているほうが、こころにとって良いから、
と、なかば、忘れるために聞いていたところもある。
(あの頃は、MDだったなあ~(≧▽≦))
そういう、音楽の力、というか
癒しをもとめる自分がいた。
元来、自分のことが好きではない、と思っていたが
ちゃんと自分のために必要なことをしてあげていたと思う。
ピンチな時ほど、私は燃えるのだ。
曲も好きなのが、ずっと聞いていた理由かな。
小さいころから、エレクトーンを習っていたから
音楽は身近だった。
メロディも好きだし、
特に、合唱のような、
大勢が歌うところが大好きで
あんなに長いセリフ(歌詞)を
なめらかに言えるところが
スゴイ
と思って、自分も言えるようになりたい!
と歌詞を覚えていたなあ。
この情熱は、本当に、今思えば面白いなあ。
音、和音?に乗っていると、
ふわ~っとして
自分が自分じゃないみたいだ。
あの感覚は何だろうなあ、。。
そういう世界に出会えた喜び!!!
そう、嬉しいんだなあ~