次男がとってもスゴイ体験をさせてもらっている。

美味しいお弁当をみんなで食べている、と

支援者さんから写真をもらった。

そして、みんなで食べているところも。

 

 

SNSでアップはしないけど

大好きなお姉さんには写真を送り見てもらう。

 

「わああ、いいわねみんな。

きっと優しくしてもらっているわね」

 

そうお姉さんがお返事をくれた。

 

 

そうそう周りは年上の方ばかりで

まるで孫とおじいちゃん、という感じくらい離れている人もいて

とっても良くしてくださっている。

とってもありがたいことだ。

 

それには、やはり次男の人柄も関係していて

穏やかな性格だから周りの人も良くしてくれるのだと思う。

 

怖い人だったら、ちょっと嫌だな~って思われたり

関わらないでおこうなんて思われたら、

次男にとってマイナスだから、

ある程度社会で、紛れ込める、というか

いてもいい場所というのを確保してあげれるのは

親しかいないと思っていて。

 

かといって、親ばかりじゃなくて、周りの助けも必要だけど

まずは「どう育てたいか」を親がしっかり持っておく必要はあるんじゃなかろうか?

と思う。

それに沿って、周りの人はだったらこういう方法もあるよ、とか、

こういうことだったら助けてあげれるよ、と近寄ってくれる。

ものだと思う。

 

 

だって、反対の立場だったら・・・

 

 

相手が何を考えているか、わからないのに、

あーだこーだとは言えないし、

言って相手がしたがっても、それはその人が人任せであるだけで

責任とらず、何か悪いことがあれば人のせいにして・・・

と、今後あまり関わりたくないなああ~

と思うのではなかろうか。

 

 

 

「頑張らせ続ける子どもにしたくない」

「親のもっと、もっとと願う気持ちは、親からみれば愛情のつもりだが

子どもからみれば、今のあなたがダメだから

というメッセージにしかうけとれない」

「大人になるまでに、人を嫌いにならないようにすること」

「多くのストレスをため込まないように」

育てたいなあ、と思っていた。

 

もちろん、これは自分から湧き上がった考えではなく

先輩お母さんの本から学んだこと。

 

 

 

プラス、自分が子どもの時の思い出で

育てられながら「なんか、これって違うんじゃない?!」って

親へ常に心の中でツッコミを入れてきたこと。

 

勉強のすっごくできる弟と比べられ(弟は医者になった)

出来ないことを責められるつらさ。

 

天然パーマがひどくて、周りの子にからかわれたりと、

人と違うことで、いじめようとする人間の心の弱さを知ったり。

(でも、人と違うことを恐れなくなった、という利点もあり)

 

 

そういう、色々な土台があって

今の私だなあ~と思うと、

結構元気になれる。

 

 

いまだに、時々、人のことを責めていた親の姿やかつての自分が

ひょっこり出てきて、びくっとすることもあるけど

でも、でも、私は自分が大事だし、好きだし、大切にしたいし、

同時に他人もそう接したい、と思うようになったので

やっぱり、スタートは自分なんだ!と思う。

 

私は今、結構楽しんでいる。

子どもたちも夫も楽しみを持っているから

よかった~と思う。

 

 

 

次男を送ったあと、

ある作家さんの個展へ行った。

 

そして、色々とおしゃべりしていて

次男のことを言ったら

「あ~あの子がね!そんなに立派になって」と感慨深げに言われた。

ちょっとジーンとしてしまった。

 

 

 

 

次男が小さい頃はとっても大変だった。

 

たくさん周りに迷惑をかけたり

言葉も出ないので何を考えているんだろう?と思ったり

多動でとにかく動きまわっている後ろを一緒に走って追いかけた。

 

それが、12年くらい経った今、こんなに落ち着いているし

人前でスピーチできるくらいに成長した。

 

 

この作家さんも喜んでくれたけど

一番喜ぶのは、11年前に亡くなった私の父だろうなあと思うと

さらに涙が出そうになったけど

でも、楽しんでる次男を見守ってね!とお願い(´艸`*)した🎶