私たち一家がフェリーに乗り遅れた日。

仕事場では、先生が衝突事故を起こしていたらしい。

 

あの日は、事故を目撃したし、

高速道路の事故に巻き込まれて

フェリーに乗れなかった。

 

「そんな日だったのかもしれないですよ~」と

先生に言った。



 

で、今日も仕事。

 

先生と話していたら、

マッサージに行くというので

私も一緒に!と

連れて行ってもらえるようお願いした。


 

マッサージでは首を中心にしてもらって

とってもすっきりした。

軽い♬


 

で、帰る時。

色々話していて

免許証をいつ取ったかという話になった。

 

先生は29歳のころ

結婚してすぐ、暇だからと、取って

すぐに妊娠、

お子さんが喘息で入退院を繰り返したので

車がとっても役に立ったらしい。

 

私の母もそんな頃だった。

35歳すぎに免許を取った。

父がお金を出したのを、恩をきせて?!いたが。

飲み会にいって、よく迎えに来てと電話していたのは

父だった。

 

母はだんだん運転が上手になり

あちこちに行った。

自分の実家にも自分だけで行けるようになった。

犬を連れて散歩のために、ちょっと離れた公園に行ったりもしていた。

運転をする時が自由を感じる時間だったのだ。

 

だから、母にとって、運転免許証というものは特別だった。

 

母は、自分が亡くなったら、

自分の母の位牌が置いている、

お寺のおたまや(御霊屋)に

自分の骨を入れてくれ、と言っていた。

 

御霊屋は、母の父(祖父)が、

後妻さんに気を使って、

祖母の位牌を家に置かず、

お寺の奥のほうにある御霊屋に

祖母だけの区画を用意して置いていた。

このことは、私の母と、その兄(私からみたらおじ)しか

知らない。


 

ひっそりと妻(私のおばあちゃん)にこころを寄せる場所を

祖父は用意していたのだ。

祖父はこのお寺の総代をしていた。


 

で、分骨はしていいかどうかわからないから、と

母を説得し

「じゃあ、私の運転免許書を置いてほしい」

と言ったので、そのようにした。


 

御霊屋のことを知っているのは

もう私とおじだけなので、

私の弟を連れて、母が亡くなったあと、

免許証を置きに行った。


 

それくらい、母にとって、免許証とは

自分を肯定できるものだったんだな~と

先生と話ながら思った。

 

そんなものに出会えて良かったね。

 

母には良く運転してもらって、

私も助けてもらった。

学生時代も、OL時代も、

結婚して、子どもができてからも。

 

すごいよねー!!

私は運転できないもん。

(免許はあるけど)



 

「だからですね。

先生、運転、頑張ってくださいね!!!」

 

と言った。

 

「ありがとう!!」

 

と言われていた。

 

実際、こうやって、マッサージに連れて行ってもらったのも

先生に車で乗せて行ってもらったので

本当にありがたい。


 

先生にとっても、

運転免許証の歴史があるだろう。

 

だからこそ、

人生って、楽しいんだ!!