今日勉強会に出て、
トラウマの治療などの話を聞いた。
精神科のお医者さんのお話。
もう、今まで私が頑張ってきたこと、すべてが
精神科のお医者さんの手によって解説された、
そんな感じだった。
私、一人で、頑張った!!って。
赤ちゃんの時は光輝く存在。
それから成長していって、人の違いを覚える。
成長する過程で人は傷つく。
でもそれは成長には必然。
上手な傷のつき方を学ぶといい。
もう生まれた時点で、私たちは存在すべくして存在している。
大いなる存在の一部。
え、お医者さんですよね!
って思ってしまった私がいたけど、
でも、本当のことって、
どの分野の人も言うんだろう。
つまり、スピリチュアル分野、
宗教分野、
医療分野・・・
みんながいうなら、信じるわ!!
って思う。
「人生そのものの不思議さ」に敬意を払って生きる生き方と、
なにがなんでも自分で解決しようとする生き方とあるという話もあった。
人間は、無限の流れの一部であり、変化を自分の一部ととらえ、世界はいつも思うようにいくわけではないと受け止める。
置かれた状況の中で、やれることをやる。
どうしようもないことに関しては、おこったことを受け入れ、新たに自分の気持ちや考えをみながら、どうするかを決めていける。
こんな生き方良いって。
辛い現実に、真正面から受け止めようともうと苦しい。
その場に立ち止まってしまうので、
ちょっと意識をずらして、なんでもいいから、ちょっと移動してみる。
すると、動けるようになってくる。
トラウマのような嫌な記憶の整理の仕方も説明があった。
いつまでも持っているんじゃなくって。
「もう大人になったのだから、あんな思いはしなくていい」
「親も自分も完璧ではない。」
「親なりに頑張ったけど、できなかった。また、そうでなくても、今後も親を恨んで絶望して生きるのか、今からでも自分を大事にして自分が自分を育てるのか、決めるのは自分」
「嫌な記憶は、あなたの人生を制限するだけの価値があるものなのか?」
かつて、嫌なことを言った友達がいて。
その言葉にとらわれて、自分のことを大事に思えなくなった私がいた。
「障害児の親は、それでなくても重い存在なんだから、先生を信頼したら嫌われるよ」
10年間、とらわれていた。
その言った人に会うのもこわいとおもって、その人が住んでいる近くの駅に行くのが怖かった。
会いそうなスーパーに行くこともこわかった。
だから、実際行かなかった。
でも、それで、どれだけの不利益があったか、と思うと、かなりと思う。
「私の人生を制限するだけの価値のある人なのか」
そう思ったら、馬鹿らしくなって、スーパーに行けるようになった。
つい最近。
だから、今日の勉強会の言葉が
とっても身に染みる。
自分で考え出した答えと一緒だったから。